課長、サインを下さい!~溺愛申請書の受理をお願いします。
 今の職場に来た最初は、【課長】のプレートのついた机に座って日がな一日ぼんやり過ごした。

 仕事の相談や申請にデスクを訪れる部下へは、脊髄反射のように対応する。
 長年『仕事の鬼』だったのがこんな所で役にたったな、と自身を皮肉る。

 特に問題のある案件は来なかった為、部下からは「ああ、いいぞ。」と二つ返事で承諾する上司だと思われていることも知っていた。

 時々通院の為フレックス出勤にしたり、体調が落ち込み過ぎたりした際は休んだりすることもあったが、そんな風にのんびりと働いて行くうちに、今ではすっかり回復して、もう病院に通うこともない。

 ここ二年程は、勤務時間内はデスクに座って課内の部下たちの観察をしながら、持ってこられた書類に目を通し、全員が退社した静かなオフィスで自分の仕事を集中して終わらせることにしていた。

 しかし、いつもなかなか帰らない奴がいて、俺がその間喫煙室にいることがほとんどだった。

 それが、柴原美弥子だ。
 
< 26 / 121 >

この作品をシェア

pagetop