課長、サインを下さい!~溺愛申請書の受理をお願いします。

 雄一郎さんと副社長の幸誠さんは六つ歳の離れた従弟同士。
 お互いの父親が兄弟同士で仲が良く、彼ら自身も小さな頃からお互いの家に行き来していたらしい。
 副社長にはお姉さんと妹さんががいるらしいけれど、同性の兄弟はいない。
 雄一郎さん曰く、副社長六つ年上の自分のことを兄のように慕っていて、赤ちゃんの頃から彼の後をついて回っていたという可愛らしいエピソードも教えてもらった。
 
 副社長と「父親同士が兄弟」ということは、雄一郎さんは【榊コーポレーション】の現社長を伯父に、会長を祖父に持つということ。
 
 それを知った私はタワーマンションや彼の車、私へのプレゼントの買い方、それら全てに合点がいった。

 そもそも雄一郎さんは、この【榊コーポレーション】に大学卒業後入社して、伯父や祖父を助けるべく働いていた。
 彼が三十歳の時に『経営戦略本部』が立ち上げられ、彼はそれまでの功績が認められてその新しい部署の『本部長』の役に着いた。
 その部署の仕事のうちの一つが、私が現在席を置いている【サカキテック】の立ち上げだったらしい。
 彼は子会社の立ち上げに昼夜問わず尽力し、無事にその仕事を成し遂げた結果、皮肉なことに当時結婚していた奥様に去られた、とのことだった。

 「あれは完全に仕事に熱中するあまり、元奥さんを顧みなかった俺が悪かったんだけどな。」

 彼はそう言って苦笑いをしていた。

 元妻に去られた雄一郎さんは更に仕事に打ち込み、昼夜を問わず次から次へと仕事をこなしていった。
 そしてとうとう四年前のある日、倒れた、と。

 「倒れた」と言う言葉を聞いて、胸がきつく絞られたように苦しくなる。
 隣にいる雄一郎さんの手をそっと握った。
 
 今の彼はこうして元気で私の隣にいるけれど、「もしそうじゃなかったら」と思うだけで苦しくて泣きそうになる。

 そんな私を見て、雄一郎さんは自分の手を握る私の手を反対の手でそっと愛おしそうに撫でるた。

 「今はすっかり元気だからな。」
 
 優しげな彼の声色にホッと肩から力が抜けるのを感じた。

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