課長、サインを下さい!~溺愛申請書の受理をお願いします。
 体調を崩した雄一郎さんは、入院とその後の休養を経て、【榊コーポレーション】から【サカキテック】へ出向という名目でやってくることになったらしい。
 
 私はそこまでの話を雄一郎さんから聞いて、彼の仕事ぶりに納得した。
 親会社の本社で若くして『経営戦略本部長』にまでなった彼にとって、今の職場での『課長』の仕事はハッキリ言って楽勝だったと思う。
 「片目を瞑っても」いや、「両目を瞑って寝ていても」こなせただろう。
 部下たちの尻拭いもどんなお願いにも応えられたのは、彼がその会社の立ち上げに関わった人物だから。

 目を閉じて、アレコレと考えを至らせてから「は~~~」と大きく息をついた。

 「美弥子…今まで黙っててすまなかった。」
 
 私の溜め息を『不機嫌』と勘違いしたのか、雄一郎さんが私の顔を覗き込むように見つめる。
 
 切れ長の垂れ目で眉毛まで下げてるその表情が憎めなさ過ぎて

 「雄一郎さん…その顔じゃ『元経営戦略本部長』の名が泣いちゃうわ。」

 と言って思わず笑った。

 私の笑い声にホッとしたように彼の表情が緩んだ。

 「ほんと、『元仕事の鬼』が聞いてあきれるよ。元部下たちには見せられない姿だね、雄兄。」

 対面の副社長も笑っている。

 「うるさい、コウセイ。お前に言われたくないわ。」

 ジロリと従弟を睨むけれど、全然迫力が感じられない。
 
 私と副社長は二人同時に「あはは。」と声を上げて笑った。
< 94 / 121 >

この作品をシェア

pagetop