無感情なイケメン社員を熱血系に変える方法
「先生、お邪魔します」

門を潜ると民家の南側に美術教室に繋がる引き戸があった。

「おー、駿太郎、来たか」

白髪に優しい眼差しの男性が、キャンバスに向かっていた顔をこちらに向けて微笑んだ。

「俺の高1の時の副担任。田村先生」

「はじめまして。羽生くんと同じ職場の同期で、伊藤彩月と申します」

田村は筆をおろすと、手を繋いで入り口に佇む駿太郎と彩月の様子に目を細めている。

「油絵?」

駿太郎が尋ねると

「ああ、今度の二科展に出す作品だ。旅行先の風景画だよ」

と田村は答えた。

「ジャンフランソワミレーの"落ち穂拾い"みたいですね。」

キャンバスに近づいた彩月が嬉しそうに言った。

「絵に詳しいんだね」

「絵は描けませんが、見るのは好きです」

「ミレーのどこが好き?」

「絵の雰囲気はもちろんですが、"落ち穂拾い"には当時のフランスの情勢とか宗教感とか、そういったものが作品に表現されていて,,,。私、絵の中に、作者の生きていた背景が思い浮かぶ作品が好きなんです」

「ほぉ」

と田村はあてた手で顎を擦りながら感心した様子をみせた。

「他には誰が好き?」

「俺」

仲良く絵の談義を始めた二人が面白くないのか、駿太郎が茶々を入れた。

「やきもちか?みっともないぞ」

「彩月は俺のだ」

それを聞いて、田村と彩月が驚いた顔を見せる。

「駿太郎、私達そんな関係じゃ,,,」

「じゃあ、いまからそういうことで」

いつになく強引な駿太郎に戸惑う彩月。きっと、気を許した田村の前だから我が儘も言えるのだろう。

「先生、証人ね」

「ちょっと、駿太郎,,,」

「嫌なの?」

「嫌って訳じゃ,,,」

クスクスと笑った田村が、

「はいはい、言質はとりました。今から彩月さんは駿太郎の彼女ってことだ。でも、肝心な言葉は伝えたのか?」

と言った。駿太郎は、相変わらずの無表情な顔を耳だけ赤くして彩月に向き合った。

「彩月が好きだ。俺とつきあって」

「あ、はい」

何の辱しめを受けて、駿太郎の恩師の前でこんなことさせられてるんだろう。

田村は、結婚式のように向かい合って両手を重ねる駿太郎と彩月の手の上に、更に自分の手を重ねて言った。

「二人の交際を認めます」

3人で顔を見合わせて笑った。駿太郎の心からの笑顔を彩月が見たのはこれで2回目だ。

本当に破壊力が半端ない。彩月は、なんでこうなったか不思議な展開ではあったが、駿太郎の素に触れることができて嬉しく感じていた。
< 40 / 89 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop