無感情なイケメン社員を熱血系に変える方法
サンフランシスコ転勤の話が纏まると、羽生家面々と彩月は連れだって高級日本料理店に足を運んだ。

店につくと女将がすんなりと個室に案内し、料理も次々と運ばれてきたのだから、転勤の話からここまでの一連の流れが羽生家の企みであることにも感づきそうなものであるが、先行きを気にして考えこんでいる駿太郎と人のいい彩月にわかるはずもない。

「まあ、今日のところは初顔合わせということで、ゆっくり食事して、おいしいお酒でも飲みましょうよ。ねえ、彩月さん」

駿太郎と彩月より三つ年下の真由香は、すっかり彩月になついていた。元々男女問わず人気のある彩月だが、その気さくで思いやりのある対応に、真由香も心を奪われている感じだ。

「俺たち走りにいくって言ったよね?」

駿太郎は、彩月の腕に巻き付いている真由香を引き剥がすと、面白くなさそうに言った。

話を終えて挨拶を済ませたあと、社長室を離れようとしていた彩月の腕を真由香が引っ張って、甘えた声で無理矢理食事に同意させたのだ。

「まあまあ、駿太郎。男の嫉妬はみっともないわよ」

母・由子が笑いながら嗜める。

「女でも彩月に触ってほしくない」

「嫌よ、駿兄のばぁか」

意地でも離さないといった態度で真由香が駿太郎にあっかんべーをした。

「いつもの無表情が今日は崩れっぱなしだな。こいつが嫌になったらいつでも俺が慰めてあげるからね。彩月ちゃん」

兄の翔一朗が挑戦的な笑みで駿太郎を一瞥した。

「そんなことは一生ないから諦めろ」

駿太郎の両親は、顔を見合わせて微笑んだ。

「こんな駿太郎が見られるなんて、彩月さんには感謝しかないわ」

由子は涙ぐんで肩を震わせていた。

「とにかく、今は食事だ。駿太郎も諦めて我々に付き合え。伊藤さんもよろしいですね」

「はい、とても美味しそうで心が踊ります」

ほんわかとした彩月の言葉に場が和む。駿太郎も仕方ないといった表情で甲斐甲斐しく、彩月に料理やお酒をすすめ始めた。
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