一途な2人 ~強がり彼氏と強情彼女~
急な変更があったのはサイン会の前日。
店長からの呼び出しだった。

「佐々木さん、急なんだけど、明日のサイン会の担当をお願いできるかい?
設楽さんが急にお休みになっちゃったからさ。」

「え?私がですか?」

出勤早々バックヤードに引き止められ、何かと思えば・・・。
設楽さんは実家で急用があり、帰省したらしい。

「佐々木さん、慣れてるでしょ?資料はここにあるから。よろしくね。」
そう言うと、店長はあっさりと行ってしまった。
50代半ば、本屋というよりも高級ブティックにでもいそうなくらいの品の良さを纏っている店長。
ダンディーな見た目とは裏腹に、話し方はフランク。
貴婦人が多い外商のお客様からも人気があるのは納得できる。

「よろしくって言われても・・・。」

そう、設楽さんの欠勤で急に託されたサイン会は、他でもなくあの豊沢 彬社長のもの。
確かに、サイン会を開くとなると文芸作家さんのものが圧倒的に多く、この店舗で一番経験担当数が多いのは私だと思うけど。

「あー気が重い。」

思わず口をついた独り言。
幸運なことにバックルームには誰もいない。

担当と言っても、当日やることは会場の準備とか作家さんの案内、飲み物の用意、お客さんの誘導くらいかな。
設楽さんが残してくれたメモによると、豊沢社長とのやり取りは全て秘書さんを通じていて(当然だよね)、当日は出版社からも担当さんが数名来てくれるそうなので、私は完全に裏方で良さそうだ。

気が重いのはもちろん仕事内容そのものではなくって。

「彬くんと、顔を合わせることになっちゃうんだよね。」

社長からすれば、私なんてただの書店員。眼中にないだろうし、
挨拶以外に豊沢社長と直接言葉を交わすこともないだいろう。
全く意識されないはずだ。
そもそも私のことなんてわからないだろうし。

11年ぶりに直接姿を見ることができる機会なのに、
想っているのは私だけ。
彼にとっての私は、ただの人。

その現実が、何よりも虚しかった。
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