臆病な背中で恋をした
1-1
「手塚君、1時半に松橋テックさん来るから」

「あ、はい」

 まだ40代前半なのに後頭部が寂しくなってきた沢口課長が午後一番、電話の受話器を置くなり、わたしに向かって事務的に指示を飛ばした。
 来るから、って言うのはつまりその為の準備をしろってことで。席を立ちフロアから廊下に出て、6階の給湯室に向かう為に階段手前のエレベーターのボタンを押す。
 
 わたしの所属する不動産事業部は4階。社員の休憩室やロッカールーム、給湯室なんかは全て6階にあって、来客がある時はポットや茶碗一式を自分達のフロアに一時貸し出してもらう。
 応接室は各フロアにあるから、どこの部署もオフィスフロアの隅に接客準備用の小さいテーブルが置いてあって、女子社員がそこでお茶の用意をする形式になっていた。
 
 今勤めてるグランド・グローバル株式会社は、ビル管理やメンテナンス、セキュリティ、不動産事業を主に手掛ける会社で、2ヶ月前に転職してきた。
 新卒で入社した建設会社が経営不振に陥って希望退職を募った時、見切りをつけて退職して。25歳なんて中途半端な年齢だったのに、運よくここで中途採用してもらえた。
 比率的に男性社員が多いのもあってか、特に酷くこじらせるような人間関係もなく、流行のブラック企業って訳でもなく。やりがい・・・はともかく、そこそこ平穏に続けられてて何よりな毎日だ。


 下の階から昇ってきたエレベーターが、軽い電子音を響かせ自動で扉を開いた。この時間に乗ってる人間もいないだろうと思ってたら。こっちに正面向いた三つ揃いスーツの男性と目が合い、慌てて会釈した。

「お疲れさまで」

「何階だ」

 乗り込んですぐ、こっちの挨拶を遮るように問われて6階だと答える。彼の斜め後方に立って操作盤を見やれば7階のボタンが点灯していた。7階は社長室だけのフロア。彼は、社長室付きの日下(くさか)室長だ。
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