臆病な背中で恋をした
 席を外したわたしをわざわざ探しに・・・? 隣りに座っただけで、それほど話が弾んだわけでもないのにずいぶん親切な人だなぁ。ぼんやり思った。
 続いて中に戻ろうとして、入り口の格子戸に手を掛けた津田さんが不意に肩越しに振り返る。

「・・・あんたって日下さんの何なんだ?」

 ・・・・・・え・・・?

 視線が固まって、目が合った津田さんをじっと見つめ返してしまった。
 正面からまともに彼の顔を見たのはこれが初めて。あからさまに目立つ印象の顔立ちじゃないけど、強いて言うなら。・・・隙のない眼をしてる。そんな風に感じ取れる人。

 唐突に亮ちゃんの名前を出されて一瞬、惑った。
 わたしと亮ちゃんのことは真下社長以外は知らないはず。まして、わたしに口止めをした亮ちゃんが自分から第三者に漏らすとも思えない。津田さんの意図が全く計れずに、少し動揺しながらも。

「・・・・・・何・・・ってこともありません、けど」

 ぎこちなく笑いを浮かべた。

「・・・どうして、そんなことを訊くんですか・・・?」

 恐る恐る。探るように。
 すると間があって。「・・・まぁいいか」と変わらない表情で、吐息雑じりに呟きが返った。

「関係ないこと訊いて悪かったな」

「・・・いえ」

 
 席に戻ってからも津田さんは、普通に北沢さんと会話を交わしてたり。
 お開きになった時も。

「お疲れ様」

 普通に声を掛けて席を立った。


 あの言葉の意味はなんだったんだろう。
 頭を捻ってみたところで、自分に分かるはずもない。
 そう言えば会社の創立メンバーだって言ってた気がする。もしかして亮ちゃんとは親しい人だった? 津田さんこそ何を知ってるの・・・?

 こんど話せる時が来るかなぁ・・・。
 帰りの電車に揺られながらわたしは。会えない亮ちゃんの顔を思い浮かべて一人、切なさを噛みしめていた・・・・・・。




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