約束
第三話

(……スケ、……ヨウスケ)
「洋助……」
「ん……」
「ちょっと洋助、起きてる? お父さんが呼んでるわよ」
 智子の声で夢から引き戻される。
「ああ、すぐ行くよ」
 眠気まなこをこすりながら起き上がり時計を見ると九時半を指していた。体調が悪いのか分からないが、いつの間にか寝ていたようだ。居間に降りると仕事から帰った貴史が夕食をとっている。
「洋助、ちょっと話がある。座れ」
「ん、なんだよ」
 不穏な空気を感じつつ貴史の正面に座る。智子は台所で料理をしているようだ。
「母さんの話だと最近ちゃんと学校に行ってないみたいだが、どうなんだ?」
「別に、問題はないよ。やることはやってるし」
 貴史は箸を置き、しばらく沈黙したあと口を開く。
「お前の目標はなんだ? 将来についてどう考えてる? そろそろ真面目に考える時期じゃないのか?」
(げっ、なんか今日の加藤のときみたいな展開。そういや大学入学のときも同じようなことを聞かれたな)
 洋助は戸惑いながら答える。
「今はまだコレといったことは考えてない。そんな気持ちになれないし」
 無回答に等しい回答を聞き貴史は溜め息をつく。
「お前も年齢的にはもう立派な大人だ。今までのようにフラフラしてないで、真剣に考える時期に来てるぞ。今すぐとは言わない。ただ、頭の片隅にでもいいから日々将来のことについて気にしろ。いいな?」
「将来将来って、いきなり言われたって無理だよ」
「無理にならないように今から考えろと言ってるんだ。普段からちょっとずつでも考えていれば、いざとなっても何かを選択できるかもしれないだろ」
 もっともらしい意見を貴史は説く。しかし、洋助も食い下がる。
「あのさ、今までオヤジ転勤転勤で俺たちがどんな想いで過ごして来たか分かってる? 兄貴も同じ気持ちだったと思うけど、将来とか考える以前に、直面する学校生活や人間関係を平穏に乗り切ることでいっぱいいっぱいだったんだ。やっと落ち着いた今くらいほっといてくれよ」
 今まで押し込めていた想いを洋助は吐く。
「転勤に関して迷惑をかけたのは分かっているつもりだ。しかしそれは家族を養うために仕方のないことだった。佑助もお前もいつか分かってくれるとお父さんは思ってる」
「勝手な言い分にしか聞こえない。とにかく、今は何も考えたくない。将来のことはそのうち考えとくよ。じゃ、もう寝る」
 ぶっきらぼうに答え立ち上がると、何か言いたげな貴史を無視して洋助は居間を後にする。台所から話を聞いていた智子も声を掛けづらそうに洋助を見送るしかない。
(今まで家族を振り回しておいて何が真剣に考えろだ!)
 ベッドに大の字になりながらイライラを頭の中で思い返す。
(小学校のときなんて方言の違いで何回冷やかされたことか。慣れてせっかく周りと仲良くなったと思ったらまた転校。嫌な思い出ばかりだ……)
 洋助は目を閉じて当時の情景を思い出す。
(中学のときも高校のときも、面倒臭いことばかりだったな。入試の半年前に転校なんてこともあったし、ろくな思い出がない。そういや、最初に転校したのって小二のときだっけ。で、小五にもう一回あったな)
 目を閉じたまま過去を振り返る。転校が多過ぎて忘れた出会いもたくさんある。そんな中には楽しかった経験もあった。
(しっかし、子供の頃はよく山で遊んだよな。周りはなんもなかったし、学校も木造だったもんな。名前は忘れたけど、よく探検ごっこもしたし擦り傷も絶えなかった。あのときが一番楽しかったような気がする)
(…………が秘密基地だ!)
(うん!)
(ココは二人だけの秘密だからな!)
(お前こそ……に教えるなよ)
(ゼッテー言わねーよ! アイツおしゃべりだし)
(あ、見ろよアレ! スッゲェ真っ赤な夕日だ)
(やっぱここから見る夕日はデカいな)
(…………だから……だよ)
(ああ……)
(約束……)
(寒い……)
 肌寒さに洋助は目を覚ます。布団を掛けないまま、うたた寝をしていたようだ。部屋の中は真っ暗で、時計を見ると深夜二時になっている。
(夏の割には微妙に寒いな。しかし、なんか最近変な夢ばかり見るな。あの夢の景色、記憶にないんだけど……)
 訝しがりながら洋助は布団をかぶった。

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