約束
第四話

「何か食べる?」
 昼過ぎにダラダラ起きてきた洋助に智子は優しく声をかける。昨夜のことを少し気にしているのだろう。
「ん、じゃあ何か適当に」
 適当な返事をしながら洋助は居間のソファーに座る。起きたばかりで頭の中がボーっとしている。映っているテレビには、朝から晩までよく出ている司会者が野菜の健康効果を力説していた。
(約束、あの夢で言われた約束ってなんなんだ? つーか、どこの誰だか見当も付かねぇし……)
 ソファーでうとうとする洋助に智子が声をかける。
「洋助、できたわよ」
「うぁ」
 変な返事をしながら洋は食卓に向かう。今日の朝昼兼用ご飯はピザトーストとコーンポタージュらしい。洋助はもくもくとそれを口に運ぶ。智子は何も言わずに向かいに座り、テレビのみのさんを見ている。内容は田舎の食生活をリポートするコーナーみたいだ。元気なばあちゃんたちの背後には、いかにも田舎と言わんばかりの茅葺き屋根の母屋に、どこにでもあるような赤い鳥居の神社が映っている。
(んー、そういや夢であんな景色出てきてたな)
「あのさぁ、俺たちって昔あんな田舎みたいなトコに住んでたことある?」
「えっ? 何よ急に。そうね、洋助が幼稚園から小学校に上がるくらいの短い間だったけど、森上村ってところに住んでたわよ。よく覚えてるわね」
(森上村、じゃあ、あの夢の村は実際に存在するのか?)
「その村って、水車や赤い鳥居とかあった?」
「ええ、確かあったと思うけど。どうしたの急に?」
「その村、まだある?」
「ええ、でもここからだと電車とバスを使っても六時間くらいかかるわよ?」
「行ってみる」
「えっ、ちょっと洋助、学校は?」
「休む。どうしてもそこに行かなきゃいけない気がするんだ」
 珍しく真剣なまなざしに智子もちょっと驚いている。
「どうせ明日、明後日は学校休みだし、三日もあれば行って帰って来れる」
「でも、宿泊はどうするの?」
「駅前にビジネスホテルくらいあるだろ? 大丈夫、適当にどうにかするよ」
 息子のハツラツな態度に智子も反論できない雰囲気になっている。食べかけのピザトーストをかきこみ、コーンポタージュを一気に飲みほすとすぐ部屋に戻り準備に取り掛かる。
(絶対に何かある! あんなに頻繁に夢に出てきたんだ。きっと何かあるんだ)
 確信に近い想いを持ってバックに荷物を詰めていた。

 洋助の住む町の駅から特急列車で二時間、さらにバスを三つ乗り継いだ場所に森上村はあった。成人祝いで貰った腕時計を見るとちょうど午後六時半を表示している。特急列車ではなく鈍行で来てたら、この時間には到着できなかっただろう。
(慣れない長旅で頭がちょっと痛いけど、思ったより早く着いたな)
 思い付きで来た割には迷うことなく真っ直ぐ目的地に着いて洋助は満足している。停留所から周りを眺めると予想通り山ばかりだ。
 茅葺き屋根の民家がところどころに点在しており郷愁を誘う。ずっと昔にここに住んでいたと思うと感慨もひとしおだ。
 初夏に入ったとはいえ、山の向こうの夕日がかなり傾きかけている。
(今日はどっか泊まる場所を探した方がよさそうだな)
 集落の見える方に歩いていると、畦道で農作業の片付けをしているじいちゃんに遭遇する。
(これが第一村人発見ってヤツなんだろうな)
 変なことを考えながら洋助は話しかける。
「あの、こんばんは」
「おぃほぃ、こんばんは。なんじゃアンタ」
 じいちゃんは変な返事をしながら洋助に近寄って来る。顔から察するに還暦は余裕で迎えているであろう。
「あ~、この辺でどっか泊まるトコとかないっすか?」
「泊まるトコ? はぁ、このへんじゃあ民宿もねぇけぇなぁ」
(無いのか、まずいな)
「アンタ、観光で来られたんじゃなかろう? こんな辺ぴな村にゃなんもねぇけなぁ。誰か知り合いでも訪ねて来られたんじゃねぇけ? んじゃら、泊まるトコもあろう?」
「いや、知り合いはいないと思うんすよ。ただ、小さい頃この村に住んでたらしくって、一度来てみたいって思ってて、今日行き当たりばったりで来たんすよ」
「ほぅほぅ、アンタ昔ここにおったんかいね。ワシは全然記憶にねえがの」
(俺もアンタの記憶はねぇよ。ってか泊まるトコどうしよう)
 困った表情を察してか、じいちゃんは救いの手を出す。
「んじゃら、ワシんトコ泊まっか?」
「えっ、いや、でも俺とおじいさん今会ったばっかっすよ? そんなあっさり泊めてもらっていいんすか?」
「困ったときはお互いさまじゃろ。家ゃあカカアと二人だけじゃし、三食付きで一日三千円でええじゃろ」
(しっかり金取るんじゃねーか)
「ま、町に戻る手間とか考えたら安いっすよね。じゃあ二、三日お世話になります」
「今からじゃ日も暮れようし、同郷言うんじゃらほっとく訳にもいかめぇ。家は近くじゃき着いてけ」
 クワと風呂敷を肩にかけてじいちゃんはのっそりのっそりと先を歩く。
(なんつーか、警戒心がない人だな。人が良いって言えばそれまでだけど、都会とはやっぱ人種が違うな)
 田んぼに囲まれた道を歩きながら洋助は携帯を取り出す。予想通り圏外の表示がディスプレイに浮かんでいる。
(一応家出るときに一言言っといたし、連絡しなくても大丈夫だろ)
 洋助は携帯電話をポケットに入れ広い空を見上げる。沈みかけた真っ赤な夕日には、夢の中で見た懐かしさがあった。


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