約束
第六話

「ここって、桜丘神社だろ?」
 少年が案内したのは古びた神社の前だった。境内にははっきり桜丘神社と明記されており明白だ。
「先に寄ってくれたのか?」
「違うよ、桜丘神社は通り道。いいところはこの先さ」
「ふむ、なるほど」
 納得しながら神社の横を通り過ぎる。来る途中に通った赤い鳥居や水車は夢で見たもののように見えたが、境内は見た記憶のないものだった。
(ただの思い過ごしなんだろうか。しかし、夢で見た鳥居と水車は一致している。俺がこの村に居たという事実と、あの夢の中で誰かと交した約束。この二つは別物なのかもしれない)
 夢で見た内容を思い起こしながら少年の後を着いて行く。境内の裏は獣道になっていて慣れていない者がここを通ったらきっと迷うことだろう。歩き辛そうにゆっくり後を着いてくる洋助にたまりかねて少年が戻ってきた。
「ちょっと兄ちゃん遅いよ。そんなんじゃ日が暮れちゃうよ?」
 少年はブーたれながら文句を吐く。
「俺は育ちがいいからこんな山道は歩けないんだよ。今度来るまでに舗装しといてくれ」
「ダッセぇ~なぁ。もうちょいしたら休めるとこあるから早く来てよ」
 そう言い残すと少年は軽い足取りで山道を駆けて行く。その姿に関心しながら洋助は獣道をトロトロと歩いて行く。自分でも驚くくらい体力が落ちているようで、ちょっと歩いただけで胸が締め付けられるように痛む。
(おかしいな、昨日まではこんな痛みなんてなかったのに)
 胸の痛みに気遣いながらしばらく歩くと、少年の言葉通り獣道が整備され、木製のベンチが設置されている場所に着く。きっと誰かが即席でこしらえたのだろう。
「あ~、やっときた。遅いよ」
 少年は待ちくたびれたのか、ベンチの横にある銀杏の木に登って足をブラブラさせている。
「俺は自然を楽しみながら歩いてるんだよ」
 苦しさを悟られないように、やっとのことで言い返す。
「またまた嘘くさっ!」
 少年はベロを出してからかう。
「言っとけ小坊主め、つーかそろそろお昼だろ? 弁当でも食うか?」
「あ、食う食う」
 弁当という言葉に少年は木から飛び下りて来る。
「現金なヤツだなぁ」
 溜め息を付きながら洋助はベンチに腰を下ろし弁当を包んだ風呂敷を広げる。弁当は重箱になっており上がオカズで下はおにぎりの詰め合わせがぎっしり入っていた。
「頂きマンモス」
 変なギャグを言いながら手を合わせ、少年はおにぎりを食べ始める。
「今時マンモスは古いだろ?」
「じゃあ何か面白いのあんの?」
「頂きマントヒヒ、とかどうよ?」
「寒い」
 少年は洋助のギャグを一刀にして、おにぎりを頬張る。
「おま、自分のことは棚にあげてよく言うなぁ」
「だってマントヒヒよりマンモスの方がかっこいいじゃん」
「格好の問題かよ」
 おにぎりを片手に洋助は反論し、少年は軽くあしらうような態度でおしんこをかじっている。
「どうでもいいけど、早く食べないと俺が全部食っちゃうよ~」
「ったく、口の減らない小坊主め……」
「むっ、さっきから小坊主小坊主って、俺にはちゃんとした名前があるんだぞ!」
「そういや名前聞いてなかったな。何て名前なんだ?」
「大、伊藤大だよ。兄ちゃんは?」
「俺は高村洋助」
「ふ~ん、じゃあ洋ちゃんだな」
「なんでちゃんづけなんだよ。なら、お前は大ちゃんだな」
「うん、いいよ大ちゃんで。もともと周りからはそう呼ばれてるし」
「まんまだな」
「まんまだよ。じゃあ代わりに兄ちゃんのことは洋ちゃんって呼ぶから」
「ま、仕方ないか。いいよ」
「じゃあさっそく洋ちゃんって呼ぶよ。で、洋ちゃんってさどこから来たん?」
「ん、名古屋からだよ」
「名古屋かぁ。万博のあったとこやろ? 行ってみたかったなぁ」
「そうか? 人が多いだけでいいことなんてないさ」
 タケノコの煮付けを頬張りながら冷めた意見をする。
「えぇ、だってマンモスの化石はイカすじゃん」
「結局マンモスか」
「もちろん。マンモスは外せないよ。あ、後プラネタリウムとか見たかったなぁ」
「そんなに見たかったら、親とかに連れて行ってもらえばよかったんじゃないのか?」
「……うん」
 大は洋助の問いに沈黙する。
(何か悪いこと聞いちまったか?)
「あー、その、なんだ。別に答える必要はないからな」
 洋助の言葉が届いているのかいないのか、おにぎりを持ったまま大は固まっている。
(こういうとき何て声かけていいか分からないんだよなぁ)
 困った様子で頭を掻く。しばらく二人の間に沈黙が流れた後、大はおもむろに話し出す。
「親はいない。父ちゃんは病気で、母ちゃんも妹を産んでから病気で死んだんだ」
「……じゃあ今は親戚かどこかで暮らしてるのか?」
「うん、じいちゃん家で暮らしてる」
「そっか、お前もいろいろ大変だったんだな」
 大をいたわるように洋助は言葉をかける。
「最初は寂しかったけど、今は平気さ。じいちゃんや妹とか大事な友達とかもいるし」
 大は迷いを吹っ切るように手に持っていたおにぎりを一口で食べる。
(大事な友達、か。ちょっと羨ましいな……)
「それに、いつまでクヨクヨしても何にもならないじゃん? それよりも俺が将来医者になって、事な人を守れるようになった方がカッコイイと思うし」
「ははっ、医者とはデカく出たな。でも、大ちゃんならきっとなれるさ。心が強いからな」
 洋助はほっぺいっぱいにしておにぎりを頬張る大に笑顔で語りかける。ほっぺに付く米粒が、大のイキイキとした生き方を象徴しているようだと感じていた。

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