約束
第七話

 弁当を食べた後は再び山登りとなった。距離的に言えば神社からそんなにないのだろうが、歩きにくい地形とキツい勾配、神社に到着したくらいからある胸の苦しさにより、たくさん歩いたように感じる。
趣味で山登りをする人間の考えが理解できないと、洋助は何度も心で思う。前を歩く大はよくここを歩くのか、そんなに苦にしてないようだ。
「洋ちゃん、もう着くよ~」
「りょ、了解……」
 元気に手を振る大が洋助には登山家か冒険家に見えだしていた。
「到着~」
 肩で息をする洋助を尻目に大は元気にウロウロしている。
「お前、元気過ぎ……」
 その場で座り込んだまま洋助は息を整える。ベンチで休憩したくらいから胸の痛みがだんだん大きくなり始めていた。
「洋ちゃんが運動不足過ぎなんだよ。ちょっとは運動しなよ」
「俺は身体を使うより頭を使う派なんだよ。つーか到着って言ったけど、ここ何もねぇじゃん」
 周りを見渡しても木々が生い茂っているだけで特別何かがある感じはしない。
「ここのどこがいいとこなんだ?」
「へへ~、分かんないだろ? 目の前の大きな木が何の木か分かる?」
「目の前の木?」
 目をよく凝らして目の前を見る。背景の木々と同化し気がつかなかったが、目の前には高さが十メートル以上の木がそびえ立っていた。
「うお! 何だこのデカい木は?」
「へへっ、何の木だと思う?」
「ん~、俺は木に詳しくないからなぁ」
「洋ちゃん、頭を使う派じゃなかったっけ?」
「それは今日はおやすみなんだよ」
「またまたまた嘘くさ!」
「ほっとけ! つーか、何の木なんだ?」
「これは桜。じいちゃんとかは桜の大樹って呼んでるんだ」
「まんまのネーミングだな。でも、確かにバカデカい桜の木だな」
 見上げると太い枝々が勇壮に広がっている。春になるとさぞ印象的な花を咲かすに違いない。
「ここがいいとこか。春に来たらもっといいとこなんだろうな」
「うん、確かに春に来たらもっとびっくりするかも。けど、本当にいいとこはここからだよ」
「ここから?」
「うん、ちょっと木の裏に回ってみてよ」
 大は駆け足で先に裏手に回る。洋助は訝しがりながらゆっくり後を着いていく。木の半径だけでおよそ三メートルはあるだろう。洋助が裏に回ると、そこに大の姿はない。
「あれ? どこいったんだ」
 キョロキョロ見回す洋助の背後に「バサッ」という音がする。
「うお! 何だ何だ?」
 慌てる洋助に大が頭上から声をかける。
「ここだよここ。ハシゴ下ろしたから上ってきて」
「ハシゴかよ。ったくびっくりさせやがって」
 ツタと木で作られた手製のハシゴをよじ登り大が待つ枝まで上る。枝まで到着すると大は枝の先の方にまたがっている。高さは五メートルくらいなのだろうが、上から見下ろすとかなり怖い。
「おいおい大ちゃん、そんな先に行ったらあぶねぇぞ」
 洋助は枝の根元で震えながらながら注意する。
「平気だよ。普段ならもっと上に上がるし」
「マジか……」
「それより洋ちゃん、目の前見てみてよ」
「前?」
 大の言葉で初めて目の前の景色に視線をやる。
「コレは……」
 目の前には森上村の集落が一面に広がっている。その眺望は一つの絵画のように壮大で大自然の趣が目一杯詰め込まれていた。
「すごいだろ? ここからだと村がすべて見えるんだ」
「ああ、すごいよ。この大樹からしか見れない景色だ」
 呆然と景色を見入る。
(確かに一瞬魅入られるくらいすごい景色だ。でも、ここは……)
「ここは妹にも教えてない俺だけの大事な場所なんだ」
 大は洋助に背中を向けたまま、枝の前の方で語る。
「そうなのか、じゃあ友達にも教えてないのか?」
「ううん、友達には教えたことがあるよ」
「だよな。男友達ならこの場所は絶好の遊びスポットだし」
「うん。友達とはよく遊んだよ。今は全然遊んでないけどね」
(今は?)
「最近あんまり来ないのか?」
「最近というかずっとかな」
 大の返事に洋助は違和感を覚える。
(何か引っ掛かる返事だな。何か言いたいことがあるんだろうか? それにしてもこの景色はどこかで)
 胸の苦しみを感じながら必死に記憶を辿る。
(やはりこの景色は見た記憶がある。もしかしたら小さい頃ここに上ったことが)
 考え込む洋助に大が話しかけてくる。
「実は、ここの場所、俺と友達の二人だけの秘密基地だったんだ」
(二人だけの秘密基地)
 そのセリフで夢の中で見た記憶が鮮明に蘇る。
(あの夢だ! そうだ、この景色もこのセリフも夢の中で聞いたセリフと一緒なんだ! えっ!? 待てよ、じゃああの夢は正夢ってヤツか?)
 奇妙な感覚にとらわれ沈黙する。そんな洋助に気付いたのか、大は振り向いて洋助に寄ってくる。
「洋ちゃん、大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫。ちょっと考えることがあっただけだ」
 どぎまぎしている洋助に、大はニコッと笑って衝撃的なセリフを言う。
「あのさ、洋ちゃん。洋ちゃん今日の俺とのこと、正夢って考えてるでしょ?」
「えっ!?」
 自分の考えていることを当てられドキリとする。
「な、なんで分かったんだ?」
「洋ちゃんは、まだすべてを思い出してないだけなんだ」
「ど、どういうことだ?」
 胸の鼓動はドンドン早くなっていく。
「もう気付いてると思うけど、洋ちゃんは昔この村に住んでいて、この桜の大樹によく上ってたんだよ」
(なんでコイツがそんな詳しいことを知っているんだ?)
「何を言っているのかよく分からない。だいたい何で大ちゃんがそんなこと知ってるんだ?」
 洋助の質問に大は少し悲しい表情をしてしゃべり始める。
「そっか、洋ちゃんはきっと今まで大変な想いをしてきたんだね。忘れてても仕方ないか」
 胸の苦しさを押さえながら大の話を聞く。
「洋ちゃんと俺は昔この村に住んでたんだ。そして、ここによく来て遊んでた。ここから見える村や山を見ながら未来の話をしながら」
 大の話に何も言い返せずに黙り込む。
「もう完全に思い出したよね? 俺と洋ちゃんはずっと前から友達だったんだ。今日会ったのが初めてなんかじゃなく、久しぶりなんだよ」
 このセリフで記憶を取り戻した洋助はすべてを悟る。
「そうか、そうだったのか。夢で俺を呼んでたのは大ちゃんだったんだな」
「正確にはちょっと違うんだけど、洋ちゃんに会いたかったのは確かだよ」
「悪かったな。ずっと思い出してやれなくて」
「いいよ、洋ちゃんが今までどんな人生を送ってきたか知ってるから」
「大ちゃん……」
「あっ! 洋ちゃん今、幽霊になってまで会いに来てくれてありがとうって思っただろ? 失礼だな、幽霊じゃないのに」
「えっ、なんで分かった……、つーか、幽霊じゃないのか?」
「子供の姿だからそう思ったみたいだけど、実は違うんだなぁ」
(どういうことだ? 幽霊じゃないと心を読んだり記憶を当てることなんてできる訳が)
「いろいろ考えてるみたいだけど、今の洋ちゃんにはきっと分からない。今は分からなくてもいいことだしね」
「……はっきり言って大ちゃんが何を言ってるのか分からないよ」
 困惑しながら大とやりとりをする。しかし、ふと大の足元を見ると消えかかっており景色と同化しつつある。
「お、おい。大ちゃん、足が!」
「うん、分かってる。もう時間ってことだよ」
「時間?」
「そう、時間。こうやって話すことは多分もうないと思う」
「大ちゃん……」
「でも、よかったよ。変なカタチになったけど洋ちゃんとまた会えて。そして、約束を果たすこともできた。後は洋ちゃんに引き継ぐだけ」
 大の身体はみるみるうちに透明になり背景に同化されていく。
「大ちゃん! 大ちゃんが何を言ってるのか俺には全然分からない。どういうことなんだよ!勝手に消えるなよ!」
「きっと、分かるときが来るよ、洋ちゃん。最後だから言っておくけど、夢を忘れちゃダメだよ。さよなら洋ちゃん……」
「大ちゃん!」
 洋助の声に笑顔で応えながら大は背景と一緒になる。
「そんな、これじゃあ何にも分からないじゃないか。大ちゃんは一体何のために俺を呼んでたんだ」
 枝にうつぶせになりながら胸を押さえる。
「くそ、何も分からない上に気分まで悪くなってきやがった……、ヤバい何か意識まで薄くなって、きた……」
 枝からすべり落ちる途中の遠のく意識の中で、洋助の脳裏には大の最後の言葉が駆け巡っていた。
(夢を忘れちゃダメだよ)

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