出稼ぎ公女の就活事情。
 その日の夜もリルは帰って来なかった。

 わたしは広い浴槽に浸かりながら、はあ、とため息をついた。
 リルがいなければわたしの仕事はない。
 なのにリルの不在にホッとしてしまっている自分がいることに、罪悪感というよりも嫌悪を覚える。

 もう、ここにいられるのもわずかなのに。
 
 このままリルと気まずい状態のまま国に帰るのだろうか。

「このままだと、そうなるわよね」

 ブクブクブク、とお湯に頭まで遣って目を閉じる。
 湯の中でゆっくりと目を開けると白い浴槽の壁がゆらゆらと揺れて、プクプクと小さな泡が上に上に上がっていく。

--リルに、ちゃんとお礼とお詫びを言わなくちゃ。

 無理を言って連れてきてもらって雇ってもらって。
 そのクセ我が儘ばかりで。

 うん。せめてそれだけは。

 きちんとして、お別れをしよう。


♢♢♢♢♢


 2日後--。

 わたしはシルルと共に馬車で初めて街の外へ出た。
 目的地は街から少し離れた場所にある軍基地。

 周りには他にもたくさんの馬車が連なっていて、中には明らかに身分の高い貴族のものらしい立派なものもある。

 
「すごいわね」

 街から基地までの馬車道は四頭立ての馬車が二台並んでもゆとりがある。
 それでも渋滞しているほどで、朝早くに出たはずだったのにこれでは到着するのは昼を過ぎてしまいそうだ。

「どうせ見物できるのは昼からだから、ゆっくりでも大丈夫♪それよりもうちょい先に広場になってる場所があって屋台とかも出てるよ!少し早いけどお昼にする?」
「ええ!食べてみたいわ」

 屋台!なんだか懐かしい。
 フランシスカにいた頃は何度か食べたことがある。
 素朴で安価な料理が多いけれど、外で食べるというのが良いスパイスになるのか、不思議とすごく美味しく感じた。

 実際にはテロテロの具材少なめ伸びかけのソバとか硬いパンに具材を挟んだだけとかなのに。


 シルルの言った通り、しばらくすると脇道に入った円形状の広場にたくさんの屋台が並んでいるのが見えた。
  
 馬車を停める場所は別に広場の横手に作られているようだ。
 貴族はこのような場所で食事など普通しない。
 だから停められているのは比較的小さな馬車ばかり。

 わたしたちの馬車もシルルが用意した二頭立ての馬車なのでなんとか停められそう。
 ただそれほど時間はとれないので、適当に買ったものを馬車で食べることになりそうだ。

「さかっなさかっな魚はないかなっと♪」

 シルルはふんふんと鼻歌を歌っているけれど、屋台で魚料理は難しい気がする。
 やっぱり猫だから生魚とかが好きなのかしら。


 そんなことを思いながら屋台を眺めていく。
 つい目を向けてしまうのは行列のできている店。

 その行列だけで美味しそうな気がしてしまう。

 シルルには残念なことに、流石に生魚の料理というのはなく、かわりにイカのタレをつけて焼いたものを買った。
 わたしはチキンと野菜が挟まれたパン。
 それに二人ともヨーグルトのジュースと行列のできていた変わり種のスイーツ。
 薄い生地をくるんと巻いた中にクリームとフルーツが入っている。
 
「おいしい!」

 どうやらココアといいあんみつといい、ルグランディリアの食文化は西部大陸よりもずいぶんと進んでいるみたい。


 








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