出稼ぎ公女の就活事情。
 額に触れたヒヤリと冷たい感触に、わたしはゆっくりと目を開いた。

 頭痛はするけれど、脈打つたびに激しく響くほどのものではない。
 頭の芯に鈍痛が残っている程度。

 まだはっきりとはしない霞む視界の先には灰色の低い天井が見えた。


--どこかしら、ここ?

 見たことのない部屋だと思う。
 普段寝起きしている邸の部屋はもっと天井が高く色が白い。眠っているベッドももっと柔らかくて、頭上は天蓋に遮られ天井は見えない。

 わたし?
 
 どうしたのだったか。
 確か、シルルと一緒に騎士の訓練を見に……。

 と思ったところで急速に記憶が蘇って、わたしは頭を起こそうとベッドに手を着いた。 
 すると額の上に乗せられていた何かが下に落ちる。
 見ると濡れた布だった。

 指で拾ってみるとヒヤリと冷たい。
 その冷たさが気持ち良くては、しばらく指先で触れていたけれど、ふとそのままではシーツが濡れてしまうということに思い当たった。

 ベッドに手を着いて半身を起こすと、一瞬だけクラリと立ちくらみのような眩暈がした。
 目を瞑って深く深呼吸。
 しばらくそのままじっとして眩暈をやり過ごす。

 --と、


「リディ」

 という声がして、わたしは顔を上げた。
 大丈夫。
 今度は眩暈はない。

「……リル?」

 木製のドアが見える。
 開かれたその向こうに立つリルの姿。

「……気がついたんですね」

 ホッとしたように言われて、わたしは顔を伏せた。

「あの、ごめんなさい」

 仕事中ではないのだろうか。
 うろ覚えの記憶に、この後にリルたちの隊の出番があると聞いた気がする。

 なのにわたしはその前に倒れてしまった。

 その辺りの記憶は曖昧だけれど、おそらくはそう。 

「いえ、具合はどうですか?」
「うん。たぶん大丈夫」

 カツカツという靴音と共にリルが近づいてくる。

 すっ、と目元に影が落ちたと思えば、リルの手がわたしの額に当てられた。

 リルの手は少しだけゴツゴツしていて、少しひんやりと冷たい。

 その感触に目を上げるとリルの銀色の瞳と目が合った。
 銀色の奥の深い藍色にドキリとする。

「……本当に?」

 うん。とか、はい。とかすぐに答えるべきなのに、声が出ない。

 ただ目を逸らすこともできずにぼんやりと見返していた。

「リディ」

 わたしを呼ぶリルの声。
 不思議な色合いの瞳がゆっくりと近づいてきて、


 そっと。

 
 柔らかい何かがわたしの唇に触れた。

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