出稼ぎ公女の就活事情。
 外へ出て、わずかに息をついたけれど。

--暑い。

 普段邸にいる時には日陰か屋内でも風通しのいい場所にいる。回廊の庭で本を読む時にも東屋の屋根の下。暑い日にはミラさんが足をつける水の入った桶を用意してくれている。

 この土地はフランシスカと比べると気温が高い。
 それはわかっていたつもりだったけれど。

--わたしってやっぱり甘やかされてたんだわ。

 と改めて思った。
 すごく気遣われていたというか。
            


 暑さにまた少しマシになってした頭の重さと息苦しさが襲ってくる。
 それでも人波に押されるようにしてたどり着いたのは円形状の観覧席に囲まれた広場。


「……リディア平気?顔色悪くない?」
「う、ん。大丈夫」

 本当は大丈夫とは言い難いけれど、シルルを心配させたくはなくて嘘をつく。
 それにわたしたちが案内された観覧席は貴族用の席であるらしく、他の席と比べ一段低い場所に設けられた個室のような造りになっている。
 屋根もあるし風通しも良い。
 クッションの置かれたゆったりとした椅子に飲み物と軽食の用意されたサイドテーブル。
 
 蓋の開いた長方形の箱を横倒しにしたような部屋の正面は人が一人ずつ四人ほど並べる広さに突き出たバルコニーになっている。
 腰ほどの高さに設けられた手摺りから下を覗けばわたしの身長ほどの距離に剥き出しの土の地面。

 その中央近くでは50人ほどの深緑の騎士服に身を包んだ獣人の騎士たちが四列に並んで二列ずつ、片側は槍を、片側は剣を構え向かい合っていた。

 一糸乱れぬ動きで列の位置を入れ替えながら打ち合う様はまるで舞踏のよう。

 なのにテーブルの上の飲み物を口にしながらぼんやりとそれを眺めるわたしの視界はどこかゆらゆらと揺れている。

--いけない。

 おそらく椅子に座ったことで逆に気が抜けてしまったのだろう。

 目の奥がズクンズクンと脈打つたびに痛み、首の後ろから背中にかけて、冷や汗が流れる感触がする。 
 背筋やお腹の奥はひんやりと冷たいのに、手指や頬は火照って仕方がない。

--気持ち悪い。

 椅子の背に支えられていなければうずくまって動けなくなっていただろう。
 耳鳴りがして、響く剣戟の音が遠い。

「……リディア?リディア大丈夫?」

 肩を揺さぶられて顔を上げると、焦った様子でこちらを覗き込むシルルの顔が見えた。

 いけない。
 こんなところで具合が悪くなったらシルルに迷惑がかかってしまう。
 
 せっかく誘ってくれたのに、もしかしたら無理をさせたとシルルが責められてしまうかも。

 そう思って「なんでもないの。少し疲れてぼんやりとしていただけ』と笑って言おうとした。
 けれど。

 顔を上げた拍子にグラリと頭が揺れて、身体が前に傾げてしまう。

 椅子の手摺りを掴もうと伸ばした手は空しく空振りした。

 

 そのまま床に崩れ落ちたわたしは、シルルの「リディア!」という焦りに満ちた声を遠くに聞きながら意識を手放したようだった。 
  
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