出稼ぎ公女の就活事情。
 ポタリポタリ、ポタリ。

 床に雫が落ちていく。
 赤い血の雫はモンタさんの膝を抱えた足下の床に小さな血溜まりを作っていた。

 モンタさんの両手が縛られていないのは、その必要がないから。
 モンタさんの手に巻かれた、布の中身がいったいどのようなことになっているのか、それは見てみないことにはわからない。 
 だけれどもその断続的に滴り落ちる血の量で、染まった布の様子で、それなりに想像はつく。

 あの手では、キツく結ばれた縄を解くことなどとてもできそうにない。

 だから、両手が自由にされているのだ。


「モンタさん」

 わたしはズリズリと這いずって縄がくくりつけられた壁に向かっていく。

 どうやらつんのめって転倒した時に左の足首も傷めたらしかった。
 ムリをすれば歩けないことはなさそうだが、走るのは厳しいといった具合か。


 とにかく冷静に、落ち着いて周りの状況をよく観察すること。

 体力を温存すること。
  
 怪我をしないこと。

 相手を刺激しないこと。

 おとなしく、相手にとって利口で弱い獲物でいること。

 情報を集めること。


 そうしていざという時のための準備を怠らないこと。


わたしは一つ一つ、教えられた事柄を頭の中で反芻しながらようやくたどり着いた壁に凭れかかる。

「モンタさん」

 わたしはまたモンタさんの名を呼ぶ。
 呼びかけながら、周囲を見回していく。

 何もない部屋だ。

 棚も、テーブルも椅子の一つもない。
 床は板張りで、絨毯もない。

 扉は一つだけでクローゼットの類もない。

 あまりにもガランとしていて、人が住んで生活している気配の感じられない部屋だった。


「モンタさん、聞こえているでしょう?」

 チラリといい加減反応してほしいな、とか思ってしまう。

 あの時、モンタさんは手に怪我などしていなかった。
 だとしたらモンタさんの手の怪我はわたしが気を失ってからここに運ばれるまでの間に負ったものということになる。


ーーわたしは一つ賭けをしようと思う。

「ねぇ、モンタさん」

 わたしに護身術を教えてくれた騎士に知られたら、きっと甘いと言われそうだけど。

 その手の怪我自体、もしかしたら罠なのかも知れないけれど。

 でもあの時、モンタさんには逡巡があった。本当に嘘が上手な人は絶対に目を逸らしたりしない。
 他人を騙し慣れた人は、もっと上手に嘘をつく。

 あの時ーー押さえられても声を上げなかったのは。


「モンタさん。騙されていた自覚はある?」

 きっとモンタさんはわたしが逃げるのなら逃げてくれればいい、と考えていたのではないだろうか。


 
 

 


 
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