出稼ぎ公女の就活事情。
 凭れた壁ごしに耳に響いた複数の足音にわたしはうっすらと目を開いた。

 動きがあるとすれば日が落ちてから。

 そう予測して、少しでも体力を温存するように壁に凭れて目を閉じていた。

 顔を上げて見ると、部屋の中はすでに薄暗い。細長い明かり取りの窓からは日の光ではなく月のボンヤリとした光が差し込んでいた。

「モンタさん」

隣で同じように目を瞑っていたモンタさんに呼びかけると、モンタさんは気怠げに少しだけ目を開く。

 お猿の顔でもそうとわかるほど血の気が引いて顔色が悪い。
 相変わらず血に濡れた布を巻きつけた両手からは頻度は落ちたもののまだ赤い血が滴り落ちている。

 血を失い過ぎて、貧血が酷いのだろう。
 目を開きはしたものの、モンタさんの目はどこか焦点がしっかりと合っていない。

 一応わたしのスカートの内布を破いて巻きつけた布に隠して止血はしておいたが、応急処置にしても簡単過ぎるものだ。

「……まずいわね」

 床に落ちた血溜まりに目をやって独りごちる。
 これ以上血を失ってしまうと命の危険さえある。止血をした際に見たモンタさんの両手は獣人の力で酷く踏みにじられたもので、傷だらけで骨も何本か砕けている状態のようだった。

 早急にきちんとした手当てをしなければよしんば命は助かってもその手指は、まともに動かない可能性が高い。

ーーせめてモンタさんの手当てだけでも。

 はたして交渉の余地はあるだろうか。

ーー相手がわたしの処遇をどうするつもりか。それと、わたしの身元をどこまで掴んでいるか。

 リルとの、あるいはフランシスカとの何らかの取引材料に使うつもりであるのならば、交渉の余地はあるだろう。

 けれどもそうでなければ……。


 近づいてくる足音は二人分。
 おそらくあの人はいない。
 乱雑な足裁きのその音からは、貴族然としたあの銀狼の人の影は窺えない。

「……姉ちゃん」

 扉の向こうを伺っていたわたしに、掠れた声がかかる。

「モンタさん?あまり喋らない方がいいわ。今はとにかく動かないで、じっと……」 
「すまん。わいのせいで。すまん。ーーわい、騎士になるとか言うて、騎士と正反対のことしとるよな?誰かを守るんが騎士やのに。……わいは。やからこの手もバチが当たったんや」

 そんなことはない。とそう言うべきだったのかも知れない。けれど思いつめたモンタさんの顔を見れば言えなかった。

「……こないな手やともう剣も槍も持てやせんな。まあ、もともとわいみたいなんに騎士なんぞムリがあったんやけど、な」
「モンタさん……」

 そんなことないとも、きっと大丈夫だよとも、残念だね、ともわたしには言えない。

 だけどわたしには一つだけ言えることがあった。

 わたしは知っているから。

「モンタさんあのねっ」

 言いかけたわたしの邪魔をするかのように、乱暴に扉が開く。

「お嬢さん、ちょっと来てもらおうか。あの方がお待ちだ」

 そう言って部屋に入ってきたのは、赤茶けた獣耳を持つ二人の若い男。








 

< 76 / 86 >

この作品をシェア

pagetop