出稼ぎ公女の就活事情。
 馬鹿だ。
 わたしは馬鹿だ。

 交渉だなんて。
 そんなことが出来ないかと考えていたなんて。

 馬鹿だ。

 この人と交渉など出来るはずがない。
 

ーーこの人は人間や、獣人でも平民であれば、それだけで自身と同じとは思わない。
 
 まるで別のはるかに卑小な生物ででもあるかのように。

 真実心の底から、虫けらででもあるかのように思っている。

ーーせめて。

 わたしは緩くなった手首の縄を意識する。
 緩めたのはわたしのものだけではない。
 モンタさんの足の縄もまた緩めてある。
 この人がここにいる以上、この邸にある人の目はこの場に集中しているはず。
 すべてとまではいかないまでも、大多数がこの場を注視しているはず。

 外部からの介入を警戒するにしても、その目は外に向いているはず。

ーーせめてモンタさんだけでも。

 逃げてくれれば……。 

 胸の内に浮かんだ思考に、わたしは内心で歯噛みする。

 絶対に諦めない。
 そう思っていたはずなのに。

 リルを信じる。
 そう決意したつもりだったのに。

 まだ全然足掻いてなどいない。
 なのに、今わたしが考えたことはそのすべてを捨ててしまうこと。

 わたしは、いやになるほど弱くて、臆病者で、自分の心に虚勢ばかり張る人間だ。

 ぐだぐだと頭の中であれこれ考えるばかり。考えばかりは威勢よくて。
 
 わたしはギュッときつく両手を握り締める。力を入れたことで指に生じた痛みがほんの少し震えを止めてくれた。


「わたしを、どうするつもりなんですか?」

 何度も唾を飲んで、飲み込んで、ようやく喉の奥から絞り出した声は、ビクビクオドオドと情けないほど怖じ気づいた声だった。

「何故、ルグランディリアの貴族であるはずのあなたが、こんなことをしてるんですか」 

 人間の小娘を拉致して、不穏な噂を流して。
 街を混乱させて、国を混乱させて。

「あなたはいったい何がしたいんですか?」

 わたしの問いに、その人は笑った。
 リルとよく似た顔で、リルとよく似た声で、なんでもないことのように、言った。

「なに、わしはただ、過ちを犯そうとしている者を討ち国を正しい道に戻そうとしているだけよ」


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