出稼ぎ公女の就活事情。
 連れられたそこは、リルの邸にもある回廊の中庭だった。

 とはいえリルの邸ほど広いものでも立派なものでもない。  
 短くて狭い色褪せた朱塗りの柱の回廊に申し訳程度に作られた感の小さな庭。
 花はなく、つい最近雑草を刈り取ったらしい跡だけが残っている。

 そんな庭の中に、その人はいた。 

 人の姿をしている。

 リルと同じ銀の長い髪。
 ただ金の耳環が光る獣耳の片側とその後ろから流れる一房だけが、濃い灰色だった。

 朱塗りの張り出した屋根にいくつも吊り下げられたカンテラに照らされたけぶる銀の睫毛が被る双眸はリルと同じ色。
 同じ銀の奥に藍の潜む瞳。

 皺のある頬の輪郭も、形のいい唇も。
 やはりリルとよく似た形をしていて。

 まるで年老いたリルを見ているみたいな気分になる。


「わざわざこんな外に連れ出さなくても」

 誰に聞かせるつもりはなかったのだろう。
 わたしの縄を引いてきた男が小さく鬱陶しげに呟くのが、微かに聞こえた。

 今夜は風が強い。
 砂漠から吹き込んでくる砂が風に混じって、肌や髪にまとわりつく。
 それを厭うての呟きだったのだろうが、呟いた次の瞬間には、男の身体は首と胴が離れその場にくずおれた。  
 
 ほとんど間を置かずに、背後で「……がっ」という呻き声がして、わたしは振り向く。

 その視線の先で、共に来ていたもう一人の男が腹からまっすぐな刃物の先を生やしていた。

 傍らにはいつからいたのか、黒い短髪の少年が血に濡れた両手を拭うこともせずに立っている。

 細い輪の耳環を着けた髪と同じ黒い獣耳と尻尾はシルルと同じ猫科の動物のものだ。
 琥珀色に光る瞳が、カンテラの灯りに揺れていた。

「愚か者が。この儂に下等な人間の小娘や平民と狭い室で同じ空気を吸えというのか」

 感情のこもらない、けれど奥底に確かな不快感を滲ませた声に肌がざわめく。

 そのざわめきはふつふつと肌を伝って、わたしの手足を、首筋を、頬を、震わせた。



                   
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