演っとけ! 劇団演劇部
第2幕 あっ、変な人たち
晴れやかな月曜の朝に僕は意気揚々と学校へ向かった。たとえ空を雲が覆っていたとしても、僕にとって今日は晴れやかな朝だった。
 満員に近い電車の中でおっさんの肘鉄がわき腹に刺さろうと腹が立たない。会社員の女の香水がきつくても気にならない。
心に余裕があるのは素晴らしいことだ。
「てめぇ、音漏れがうるせぇんだよ!」
 突然車内に響き渡るその叫びに僕を含めた乗客全員が注目した。声の主は少し離れた8人掛けの席の中央辺りに立っていた。ヘッドホンで音楽を聴いていた目の前のサラリーマンに因縁をつけているようだった。座っているサラリーマンの胸倉をつかみ上げ、車両全体に響く大声で更に文句を言い続けている。
確かに満員電車の中でポータブルの音漏れは迷惑だ。でも彼の怒りの叫びは、それよりも更に大きい。
周りの乗客も彼に共感しつつ、迷惑がっているように見えた。
(ああ、そんなに怒ることもないのに)
 ドレッドヘアで色黒の高校生は、よく見ると僕の着ている制服と同じだった。
「大体なんだよ、お前の聴いてるその曲は。もっといい音楽が他にたくさんあるだろうがよ、コラ」
 何だか文句の内容が段々おかしくなってきている。
「いいか。音楽っていうのは突き詰めていけば、演奏者やボーカルが見えなくなるもんなんだよ! 音だけが独立した存在に生まれ変わるんだ。アイドルやビジュアル系が売ってんのは音楽じゃねぇ! 自分を売ってんだよ! 別にそれが悪いんじゃねぇぞ。それはそれで全然かまわねぇ。商業ベースっていうのはそういうもんだからな。だけどテメェ…それを俺の前で聴くんじゃねぇつってんだよ!」
 もう滅茶苦茶だ。なんかいい事言っているようにも聞こえるけど、結局は自分が嫌だってだけじゃないか。
「電車の中なら電車のサウンドを楽しめよ!雑踏のメロディに、機体の揺れるリズム。それだけで充分じゃねぇか!」
 彼がそう言ったとき、その車両に乗っている人たちがみんな少し上を見上げて、電車の音に耳を澄ませた。僕も胸倉を掴まれたままのサラリーマンもそうしていた。
 その奇妙な世界は次の停車駅を知らせる車内アナウンスが流れるまで続いた。電車が止まると、言いたいことを言い切ったドレッド頭の高校生は、すっきりした顔で悠々と降りていった。
< 10 / 109 >

この作品をシェア

pagetop