世界は鈍色に色褪せる。
 もう一枚、とスカートを手に取ると、丸い何かが付いていた。
 驚いて、持っていた赤いスカートを地面に落とす。
「きゃっ! な、何これ」
 落としたスカートに目をやると、何やら白くて丸い、てんとう虫のようなものがへばり付いていた。
 見たことのないものだったため、興味は湧いたが、触れるのは少し気が引けた。
 途中まで、順調に洗濯物を干せていたというのに、白いてんとう虫のようなものが気になって、今は干すことが出来ない。
 土で汚れた赤のスカートも、白いてんとう虫のようなものがまだ付いているため、洗うことが出来ない。
(どうしたら……)
 まずは、残っている洗濯物を干さなきゃ。
 あ、でも、汚れた洗濯物はどうしたら良いのだろう。
 そのまま、放置するわけにもいかないし。
 暫く悩んでいると、私と美智子さんだけしかいないはずの森に、誰か別の人の声が聞こえた。
 まだ遠くにいるのか、声が小さくてよく聞こえない。
 だが、多分いつものように、子供達でも遊びに来たのだろう。
 この森に誰かが遊びに来るのは、よくあること。
 だから、気にするようなことでは無かった。
 そう、私が思うのには理由がある。
 それは、森を抜けた先には、小さな村があるからだ。
 そこには、私達と同じ人間が沢山暮らし、子供から大人まで、幅広い年齢の人がそこに集まっている。
 年配の方だっている。
 村には、人間の殆どが個人の知恵を活かして、住んでいた。
 その中でも、子供は特に遊び場を探しに、虫捕り網を持って、この森に来ていた。
 つまり、森に誰かが来るのは、可笑しいことでは無い。
 いつも通りのことだ。
 今日も、虫捕り網を持って、子供達はやってくるはず。
 そう分かっているというのに、何故か胸がドキドキとして、胸騒ぎがした。
 この感情は何なのだろう、この不安は何なのだろう。
 わけのわからない新しい感情に、動揺する。
 モヤモヤとして、気持ち悪い。
 自分の中にある野性の感なのか、自分の縄張りに入られている、そんな気持ちになった。
(気のせい、だよね?)
 この感覚がどういうものなのかは分からないが、赤いスカートは邪魔にならないところに置き、残りの洗濯物を干した。
 もし、村の人達以外の人だったら。
 もし、アンドロイドが来ていたら。
 今の、住みやすい場所は奪われてしまうのだろうか。
 美智子さんの笑顔は見られなくなってしまうのだろうか。
 そう考えたら、怖くなり、鳥肌が浮かんだ。
 立場が下になってしまった人間には、ロボットに逆らうことは出来ない。
 村を渡せ、と言われたら、渡さなければならない。
 そんな世界になってしまった。
 変えることの出来ない現実に、私達は苦しんでいる。
──洗濯物を干し終え、空になったカゴを持った。
 汚れてしまったスカートも忘れずに、片手で持とうとする。
「あ、まだ付いてる」
 スカートを広げると、頑固なのか、未だにくっついたままの白いてんとう虫。
 触るのは嫌だったが、仕方なく手で振り払おうとする。
 が、粘り強く付いていて、何故かスカートから離れようとしない。
 普通のてんとう虫なら、少し触るだけでも飛んでいくはずなのに。
 私は、何とかてんとう虫を払うべく、上下に振り、横に振り、と色々な方法を試した。
 しかし、何をしても離れる気配はない。
 これじゃあ、ただ私がスカートを振り回して、暴れているだけじゃない。
 諦めかけていると、後ろから見知らぬ男の人の声が聞こえ、ばっと振り向く。
「俺のマルくん、虐めてんじゃねぇ」
 そこには、私と同じ年くらいの、高身長で赤髪の青年がいた。
 その後ろから、この青年を追いかけて来たのか、もう一人の優しそうな青年が、息を切らせながら走って来る。
「ハァ……、リュウガ、お前歩くの早すぎ……っ」
 肩で息をしながら、途切れ途切れに、後から来た彼は言った。
 リュウガとは、高身長の彼のことだろう。
 追いかけて来た青年の方は、高身長で三白眼の彼とは正反対の、青髪に垂れ目の優しそうな人だ。
 二人とも、かなりの美形で、充分一目惚れをさせられる顔をしている。
 けれど、何故此処に来たのだろう。
 私は、どういう状況なのか理解出来ず、空になったカゴとスカートを片手に、固まって二人を見た。
「ツバキが遅いだけだろ」
 赤髪の青年が言った。
 言われた青年が、ムスッとした顔をする。
 優しそうな青年は、ツバキという名前らしい。
 二人が子供のような言い争いを始める中、私は、入り込む隙の無い会話をただただ見ていた。
 しかし、あまりにも言い争いが長く、見るのも疲れてきた私は、家の中に入ろうと、片足だけサンダルを脱ぐ。
「おい、待て」
 中に入ろうとすると、言い争いをしていた二人の、赤髪の方、リュウガさんが私の肩を掴んだ。
 中に入ろうとしていた足を止めて、彼の方に体を向ける。
 掴まれた肩が、赤髪の人は力の加減というものを知らないのか、とても痛い。
「……何ですか」
 肩に乗っている右手の手首を掴んで、言った。
 その時、妙に手首が固いのを感じ、この人達がアンドロイドであることに気づく。
 それに気づいた私は、赤髪の彼を睨んだ。
 さっきの変な気持ちは、これだったんだ。
 今になって、理解をする。
 縄張りに入られたような気持ちになったのも、変な気持ちになったのも、アンドロイドがすぐ近くに来ていたからだったのだ。
「そのスカート、俺に渡せ」
 命令口調で、彼は言った。
 そんな言い方で、私がすんなりと渡すわけもなく、「イヤだ」と小さい子が駄々をこねるように言い返す。
 持っていたスカートは、後ろに隠した。
 年頃の女の子のスカート欲しいって、どういう神経してるんだ、この人。
 警戒心が更に増し、後退りをする。
 そんな態度をずっと取っていると、彼は眉間にシワを寄せて、「いいから、早く渡せ」と私に近寄って言った。
 彼が一歩進むたびに、私も一歩後ろに下がる。
 何度か後退りすると、私の背中がひんやりとした壁に、くっついた。
 彼の手が、私の顔の真横に来る。
 いわゆる、人生初の壁ドン状態。
 何を言われるのかと、少し怯んだが、思っていたのと違う言葉で全身の力がふっと抜けた。
「早く渡せ! 俺のマルくんが可哀想だろうが」
「はぁ……?」
 マルくんという言葉に、誰のことかと顔を歪める。
 そういえば、さっきも言っていたような。
 呆気にとられていると、力が緩んでいた手から、スカートはまんまと彼に取られてしまった。
 それに気づいて、私は取り返そうとしたが、赤髪の青年の間抜けな顔を見て、取り返そうとしていた手を下ろした。
 スカートを取り返す気が失せたのだ。
「マルくん、おかえりぃ」
 容姿に似合わず、デレデレとした声で彼は言った。
 顔までニヤついていて、少し、いやかなり引くレベルだ。
 マルくんとは、赤いスカートに付いていた白いてんとう虫のことだったらしい。
 見たまんまの名前で、正直ネーミングセンスを疑う。
 離れようとしなかったそのてんとう虫は、今では赤髪の青年の指に付いて、懐いていた。
「あの、あれは一体……」
 近くで見ていた、見た目は優しそうな青髪の青年に聞く。
 まるで、珍しい生き物を見ているような気持ちだ。
 怖そうな見た目をしていても、自分の好きなものには弱いだなんて。
「やっぱり、最初は驚くよね。リュウガはあんな見た目だけど、てんとう虫のマルくんにだけは甘いんだ」
 青髪の青年は、爽やかに笑いながら言った。
 人は、見かけによらないらしい。
 リュウガさんは、私達なんか気にせずに、一人の世界へと入っている。
 私のスカートは、いつ返されるのだろうか。
 そして、この人達は一体何者なのか。
 私は、隣で微笑んでいる、青髪の彼を見つめた。
 随分と大人びているけれど、この人は何歳なのだろう。
 私に気付いたツバキさんが、ニコリと微笑む。
 その微笑んだ顔は、どこか少し色っぽさが混じっていた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね」
 あまりの美しさに思わず見惚れていると、ツバキさんは私の目を見て、そう言った。
 深海のような、深い緑色の瞳に私が映る。
 その深緑の瞳の中に、吸い込まれていきそうになった。
「俺は、本条椿。よろしくね」
 椿さんは、私の前に手を出して言った。
 しかし、私は手を握ろうかと手を出しかけたものの、すぐに後ろに引っ込めた。
 この人達はきっと、アンドロイドだ。
 私が人間だということを知ったら、酷く嫌い、離れていくだろう。
 それは、どうしても避けたかった。
 自分が傷つくことが目に見えていたから。
 それに、この森には、近くに他にも人間が住んでいる。
 だから、私だけアンドロイドと仲良くするわけにはいかなかった。
 仲良くしてしまったら、皆を裏切ってしまったことになる。
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