無愛想な仮面の下
 ぼんやりしたまま廊下を歩く。

 もしも、今回の出会い企画のデザートが採用されたとしても素直に喜んでいいものか……。

「おい。さっきの。
 もう少し決め手が欲しいんだが……。」

 随分と仕事熱心な佐久間さんに声をかけられて、暴言を吐きそうになる。
 それを堪えてなんとか嫌味程度に抑えることができた。

「鼻で笑っていたんですね。」

 これくらい言ってやりたい。

「何が。」

 眉をピクリと動かした佐久間さんがいつにも増して不機嫌そうだ。
 だからってそんなこと構ってられない。

「愛人の子どもで企画も通らない私のこと。」

 目に涙が浮かんで、こんな人の前で泣くもんかと乱暴に袖で拭う。
 その腕をつかまれた。

「ちょ、ちょっと!」

 無言で引っ張られて、どこかへ連れて行かれる。
 それはいつもの資料室。

 乱暴に扉は開けられて、押し込まれるとすぐに閉められた。
 そして詰問するように言葉を投げられた。

「で?何。」

 かなりご立腹の佐久間さんへもう一度重ねる。

「私のこと馬鹿だって笑って……。」

「笑ってない。」

 被せるように言われ、佐久間さんを冷たく睨みつけた。
 けれどそれはすぐに敵わなくなった。

 近づいて来た佐久間さんに優しく抱きしめられたのだ。

 想像していなかった事態に頭が追いついていかない。
 抱きしめられたまま優しい声色で声をかけられた。

「これ以上、自分のことをいじめるな。」

 こんな時にどうして………。

「優しくしないでください!
 だって、だって……。」

 声にならない声は涙で濡れて口から出て行ってくれない。

 この人は社長の息子で何不自由なく生きて……。

「佐久間さんには分からないよ。」

 かろうじて出た声は情けない言葉。

 それに対して少し呆れたそれでいて優しい声で佐久間さんは応えた。

「分かろうとしちゃダメなのか。」

 何が?どうして?
 女に興味ないんでしょ?

 腕が緩められて顔を覗き込まれるのを感じて「嫌ッ」と頑なに顔を俯かせた。
 強要はせずにもう一度抱きしめられると、頭に柔らかな感触と温かい吐息がした。

「また話したくなったら聞かせて。」

 なんでこんな時に優しいの……。
 佐久間さんの間の悪さを恨みたくなった。

 恨みたいのに胸が痛みを増して鼓動を速めていく。

 本当、馬鹿みたい。
 八つ当たりしているだけなのに。

 けれど、佐久間さんだけはダメ。
 絶対に好きになっちゃダメだ。






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