女探偵アマネの事件簿(下)
「……こんにちは」

『オルヴワル・マドモアゼル(ごきげんよう、お嬢さん)』

フランツ語で返しながら、視線で椅子に座るよう促す。
アマネはフランツの正面に座ると、頬杖を付いた。

「何か飲むかい?」

「では、紅茶でお願いします」

「珍しいね。コーヒーじゃないなんて」

意味深な笑みを浮かべたフランツに、アマネは視線を反らす。

「たまには、紅茶も良いかと思いまして」

「コーヒーは、君の助手君が止めてくれるから飲んじゃうんだもんね」

「………」

無言でフランツを見返したアマネに、フランツは肩をすくめる。

「……やっぱりね。君は思っていたより面倒な性格の子だ。まぁ、いいよ。今日は普通の男女として過ごそうと思っただけだし」

紅茶を注文して、暫く二人は無言で視線をまじわす。勿論、腹の探りあいのようなものをしているのだが。

「……お待たせいたしました」

紅茶を持ってきた店員も、二人のただならぬ雰囲気に戸惑っている。が、フランツがニコリと笑って紅茶を受け取った。

「ありがとうございます」

「ごゆっくりどうぞ」

フランツの笑顔に安心したのか、あからさまにホッと胸を撫で下ろす店員に、アマネはふいに息を吐く。

そのせいか、ピリピリしていた空気が和らいだ。

「紅茶を飲み終わったら出掛けるよ。後、その格好も少し変えないとね。それから―」

フランツは手を伸ばしてアマネの髪紐をほどく。

さらさらと、流れるように落ちる黒い髪を、フランツは目を細めて眺める。

「うん、やっぱりそれが君らしいね」

「………」

優しい眼差しのフランツに、アマネは憂いを帯びた瞳で見返すと、紅茶を一気に飲み干した。


その後は服屋に連れられたが、アマネが頑なに拒んだため、諦めて帽子だけ被ってもらい、公園を散歩したり、劇場に行ったりした。今は橋から船を眺めている。

「はい。カスタードタルトをどうぞ」

「ありがとうございます」

途中で買ったカスタードタルトを食べてから、フランツはアマネの手を引いた。

「下に降りようか」

引かれた手を、アマネは振りほどかなかった。

< 21 / 34 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop