女探偵アマネの事件簿(下)
自分が身籠っていると知り、私は戸惑いながらもその命を育むことを選びました。

けれども、この家の中で産むわけにはいきません。道具にさせたくなかった私は、挙式の前に逃げ出すことにしました。

まだ、誰も気付いてないうちに。

(あなたが私の中に宿ったのなら、私はあなたを産みましょう。良い母親になれるかは分かりませんが、これだけは約束します)

私はお腹にそっと手を当てました。

(あなたは、私が守ります)


けれども、その約束を私は果たせませんでした。

「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

挙式前日、蔵から必要なものを集めていた時、耳をつんざくような悲鳴が聞こえました。

「!!」

私が顔をあげて振り返ると、バタバタと走ってくる音が聞こえました。

「秋博……今の悲鳴は―」

「気持ち悪い」

「?あき―!!ぅ……ぁ」

秋博は私に距離を詰め、私の腕を包丁で切りつけました。

「信じられません。あんな事が出来るなんて」

そう言って、今度は私のお腹へと包丁を突き刺しました。

私はとっさに庇うように包丁を握りしめましたが、秋博は私のお腹を蹴り飛ばしました。

熱い、焼けつくような痛みが走り、私は床に倒れました。

立ち上がる力がなく、ただ秋博を見上げることしか出来なかった私に、秋博は続けます。

「穢れた姉上の中には、同じく穢れた命があるのでしょう?穢れたものは、消毒しなくては」

秋博は笑って袖からマッチを取りだしました。

「姉上を穢した男と、僕を蔑ろにした父上と母上。屋敷の全員はもう居ませんよ?」

「………ぅ」

「だって、僕が浄化しちゃいましたから。後は姉上だけです。ああ、家の方にもこの周辺にも油を撒いておきましたので、すぐに消毒されますよ」

痛みで意識が朦朧とする私に、弟は歪んだ笑みを浮かべていました。

そして、マッチに火をつけて外へと放り出すと、炎の柱が上がりました。

「姉上は何でも覚えられるでしょう?だったら覚えていてください。貴女のせいで死ぬ弟の顔を。僕を独りにしたのは、間違いなく姉上なんですよ」

蔵にはロープがぶら下がっており、秋博はそれを素早く丸く縛ると、両手で握って飛び上がり首を吊りました。

「!!やめ……ごほっごほっ」

「……っ」

伸ばした手は届かず、秋博の息が完全に止まるまで、私は立ち上がることが出来ませんでした。

「ごぼっごほごほっ。……」

(私はもう、生きていない方が良いのでしょうか?)

意識が途切れそうになった時、懐から銀色のピアスが転げ落ちました。

そのピアスを見て、私は生きたいという思いが溢れました。

(まだ、まだ死にたくない!)

一欠片の希望をかき集め、私は無理矢理立ち上がって、出口へと走りました。

炎で髪も大分焼け、肌も火傷で痛みましたが、私は転げながら蔵から出ると、塀を上って屋敷から出で、港まで走りました。

私の家は海の近くだったので。

船が沢山並んでいる所で、私は気を失いましたが。その後、親切なご夫婦に助けられ、船の中で治療を受けました。

その船はイギリスに向かう船だったらしく、私は叔父のことを思い出しました。

たった一つの愛情を求めて、私はイギリスへ旅立ちました。因みに、船代は袖に隠しておいた宝石で何とかなりましたが。

イギリスに着くと、私は前に聞いていた叔父の住所へと向かいました。それが、今のあのアパートです。

けれども、私が着く前日に叔父は亡くなり、グロー警部にアパートのことを任せていました。

グロー警部は、医者だった叔父に命を救われたそうで、それ以来友人として良く飲みに行ったりしていたそうです。

グロー警部は、初めて会った私が叔父の姪だとすぐに気付きました。それは、私が叔父のピアスをしていたからでしょう。

叔父は何故か死ぬ間際、グロー警部に『姪がもしここに来たら、管理人の役目を引き継げさせてほしい』と頼んだらしく、私はアパートの管理人となりました。
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