7・2 の憂鬱




「赤くなんてなってませんし、かわいくもないですから」


小声で反論するも、戸倉さんはクスクス笑う。

「はいはい。かわいいかわいい」

クスクス笑いながら、わざと何度も何度も頭を叩いてくる戸倉さん。

わたしは、「やめてくださいってば」その手から逃れようと体をよじった。

と、その瞬間、至近距離で戸倉さんの顔を見上げることになった。


その整った顔と、わたしをからかう、いたずらっぽい眼差しに、わたしはドクン、と心臓が飛び出しそうになる。


けれど戸倉さんの方は特に動じることもなく、最後にわたしの頭を大きく撫でて、離れていった。


そのとき、ふわりと、清潔な匂いが鼻先をくすぐった。

人とよく会う仕事柄、わたし達は香水を使うことが少ないので、これもおそらく、柔軟剤かシャンプーの匂いだろう。

もう6月なのに、スーツのジャケットまでをきっちり着こなして平気でいる戸倉さんは、放つ香りもどこか涼しげで。


その戸倉さんは、空になった缶コーヒーを弄びながら言った。


「白河。大丈夫だよ」

また、”大丈夫だ” と。

はっきりと、そして優しく。


「え?」

「当たり前だけど、7月2日生まれは白河以外にもたくさんいるし、7月2日生まれの人みんなが白河みたいなわけじゃない。だから、誕生日は関係ないよ。白河が1年のど真ん中に生まれたのは、ただの偶然。だから、気にするな。1月1日生まれようと、12月31日に生まれようと、白河は白河だよ」

そう言うと、戸倉さんは静かに立ち上がる。


「それに・・・どっちにしろ、閏年には、7月2日も後半の仲間入りするんだから」


―――――――7月2日も、ひとりぼっちじゃないだろ?


まるで、わたしを包み込むようにそう言った。


そして「ごちそうさま」と、缶コーヒーをわたしに見せると、女性社員が騒ぎ出しそうなほどの、とびきりの笑顔を向けたのだった。










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