千一夜物語
夕暮れが近付くと、澪は刀の手入れをしていた黎の前に立って拝むように両手を合わせた。


「黎さん、七尾さんに会いに行きたいんだけど…いい?」


「どの口がよその男と会いたいなんて許嫁に言えるんだ?」


「お断りしに行くの!黒縫も連れていくから…駄目?」


――正直言って会わせたくはない。

黒縫から七尾はどうやら人ではないようだという報告も受けているし、本当に澪に惚れているのか――それとも、澪を利用して策略を図っているのか?


そして何よりも、澪は自分の女なのだという嫉妬もあった。


「…俺も行く」


「だ、め!」


「なんでだ」


「七尾さんは人なんだから黎さんみたいな綺麗な男の人が現れたら怖がって逃げちゃいそうだもん。まだ身体が弱ってる神羅ちゃんの傍に居てあげてね」


にこやかな笑顔で言われると、それ以上言い募ってしまうと男らしくない所を見せてしまうのも嫌だし、渋々ではあるが了承せざるを得なかった。


「黒縫…頼んだぞ」


『はい、お任せ下さい』


次いで黎は共に浮浪町を覆っている結界の維持をしてくれている玉藻の前を呼び寄せて、ふわふわの大きな尻尾を撫でながらうっとりする笑顔を見せた。


「玉藻、妙な気配があったらすぐに知らせろ。七尾という男のことにしても、悪路王にしても平安町に居るんだ。何が起きるか分からない」


「承知。わたくしは高貴な妖なのですから悪意ある妖気を少しでも感じれば外に出られないようにしてあげますわ」


その間に澪が意気揚々と黒縫を連れて屋敷を離れた。

黎はその小さな後ろ姿を見送りながら――


思いもよらない事態が近付いて来る足音を聞いたような気がして、少し身震いをした。

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