千一夜物語
ふわふわの澪を抱きしめたまま眠ったため、朝まで熟睡していた黎は、腕の中に喪失感を覚えて目を開けた。

床はもぬけの殻で欠伸をしながら外へ出ると、神羅の部屋の前に黒縫が座っていたため澪と神羅が会っているのが分かると黎は縁側に座ってにやついている牙の後頭部をぺしっと叩いた。


「初!夜!」


「何もしてない。いや…してないというのは語弊があるが、してない」


「ええ!?黎様どうしちゃったんだ!?しっかりしろー!」


がくがく肩を揺さぶられながらぼんやりしていると、神羅と澪が連れ立って部屋から出てきて、神羅にちろりと睨まれて思わず背筋が伸びた。


「おはようございます」


「ん…。具合はどうだ」


「おかげさまで悪くはありません。傷口が塞がったら私は御所へ戻りますので」


「それは許さない。悪路王を殺すまでここに居ろ」


「黎。私には務めがあるのです。おいそれと長い間留守にはできません。業平に文を書かないと…」


業平という名が神羅の口から出ると、黎の目がすうっと冷たい光を放った。

隣に居た牙が尻尾を巻いてその場から退散して三人になり、黎が怒っていることに澪はさっと隣に座って膝を揺すった。


「黎さん、怒らないで。ちゃんと優しく説得!」


「あ、ああ。…あの男に文を出すのはいいが、ここへの出入りは許さない。文は届けさせてやる」


「私はお主の所有物ではないのですから、好きなようにします」


「…」


慕ってくれる澪とは違い、神羅は相変わらずつんつんしている。

そうされればされるほど、黎の支配欲も増すわけだが――神羅はそれに気付かず、つんつんし続けた。
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