千一夜物語
やはり人ではなかった――

黒縫は提灯を落とした澪の前に出て灯りの下その異形を晒した。

七尾は鬼だ。

口からは鋭い牙が見え、爪は鋭く尖り、それで澪を傷つけられてはたまらないと恐ろしい咆哮を上げて黎にもその危機を伝えんとした。


「な…七尾さん…?」


「許嫁は鬼頭の旦那…。ということは…惚れてる女っていうのは帝のことか?ははっ、あんな由緒正しき家に生まれておきながら、惚れた女は人ってか!」


「ま、待って七尾さん。あなた…その姿…人…じゃないの…?」


七尾の額の左右からは角が生えていた。

牙、爪、角――あきらかに鬼の特徴であり、角の突き出た部分は皮がめくれていて、七尾はそれを爪でぺろりと捲って吐き捨てるように笑った。


「はっ、そうさ、俺は妖だ。遠野のお姫さん…あんたまだ気付いてないのかい?俺は七尾であり、六郎だ」


「え…」


「遠野であんたを一目見て気に入って、そこらを歩いていた人の男を襲って食ってその皮を被っていたんだ。御所で帝に矢を射られて皮が駄目になったから、次は違う男を襲って食って、その皮を被った。それがあんたが七尾と呼んでいるこの男だよ」


状況が理解できず唖然としている澪に近付こうとすると、黒縫が力強く地を蹴って七尾に襲い掛かった。

腕でなんとかその牙を防いで黒縫を地面に叩きつけたが手傷を負い、いよいよ皮が駄目になった七尾は――自ら胸に爪をあてて縦に切り裂くと、衣服を脱ぐようにして皮を脱いだ。


そこから現れたのは――人型ではあるが、爪も牙も角も剥き出しの、小柄の男。

だが妖気だけは鳥肌が立つほど禍々しく恐ろしく、澪が前足を打撲してうずくまっている黒縫に駆け寄ろうとすると、七尾は黒縫の蛇の尾を踏みつけて澪を脅した。


「おかしなことをすればこいつの尾を斬る。遠野のお姫さん…ちょっと俺について来てくれるかい」


「あ、あなたは誰なの…?」


「俺?俺は…悪路王。皆にはそう呼ばれている」


「悪路王…!?」


神羅を襲い、黎が倒そうとしている男――


悪路王の肩に担がれた澪がもがいて逃れようとしたが、あっという間に上空へ飛ばれて叫ぶことも適わず――


澪は連れ去られた。
< 169 / 296 >

この作品をシェア

pagetop