千一夜物語
黒縫の咆哮に気付いた黎たちが橋に駆け付けた時すでに澪たちの姿はなく、取り残されてなお前足をひきずりながら空に向かって吠えている黒縫を支えて焦りを隠せず問い詰めた。


「澪はどこへ行った!?」


『黎様…!七尾という男は、悪路王でした!』


「な、なんだと…?」


「澪様を気に入って人の皮を被って付きまとっていたのです!ですが…澪様の許嫁が黎様とは知らなかったらしく、黎様の名を聞いた途端形相が変わって正体を現しました』


神羅を殺そうとしてここまでやって来たのではないのか?

どっちにしろ、神羅にしろ澪にしろその身体に触れられるのは我慢がならない。


「…どっちへ行った?」


「方角としては、遠野の方へ。黎様、私も後を追います。どうかお願いいたします!』


黎の身体から青白い炎が吹き上がり、鬼火が飛び交った。

静かに激高している様は、取り乱して叫ばれるよりも遥かに恐ろしく、牙と玉藻の前は黎の前で膝を折って無表情に近い冷淡な美貌を見上げた。


「黎様、俺たちも一緒に行くぜ」


「…ここには神羅が居る。どちらか残れ」


「ではわたくしが。馬鹿狗、あんたちゃんと黎様をお守りするのよ」


「言われなくてもそうするっつーの。あと俺が鵺を運ぶから安心しろよ」


『ありがとうございます…!』


「よし、すぐ後を追う。玉藻、神羅には事情を説明しておいてくれ」


「承知。お気をつけて」


澪に懸想して付きまとい、そして妖を殺すことができる武器を作れる神羅の命までをも狙う悪路王――

自分には敬意を払っている様子だったが――もう容赦ならない。


「殺す」


思いを込めて、言霊を放つ。
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