千一夜物語
黎は人里の宿にも平気で泊まる。

周囲の視線を全く気にしない性格なため、人に‟妖では”と思われたとしてもあくまで自然に押し切り、事を荒立てずにまんまと宿に泊まれる豪胆の者だった。


「遠野には明日着くだろう。悪路王は単独行動を好むはずなんだが、がしゃどくろを使役していた。ということは他にも悪路王側についている妖が居るはずだ。お前たち、やれるか?」


部屋に通された後、人型になった牙、玉藻の前、烏天狗は一様に大きく頷いて座椅子に身体を預けている黎に詰め寄った。


「結局黎様は女帝を食いたいために悪路王を倒すってことか?」


「まあそういうことだな。後は人と妖の境界線を侵すからこういうことになる。俺たちには明確な確約があって境界線を引いているわけじゃないが、互いに領域を侵されるのはいい気がしないだろう」


「ふんふん、確かにそうだ。でも同じ鬼族だろ?ちゃんとやれる?」


「やれるとも。というか同じ鬼族の面汚しという点では俺たちの一族もそうだが、訳もなく人を襲ったことなんかない。殺した人数が多すぎる」


――同じ鬼族の面汚し。

かつて黎の祖先が起こした同族同士の争いの理由は、恋のもめごとだ。

親友だった男と恋仲だった女に横恋慕した結果、血で血を争うことになり、親友だった男は首を撥ねられてなお死なず、首塚に封印されて今も定期的に黎の一族が親友――鬼八の封印を施し続けていた。


黎は当主であり、この鬼八とは今後も長い間関わり続けることになる宿命。

そしてそのために所帯を持って子を作らなければならないのだが――


「黎様の許嫁ってこの辺に住んでる鬼族じゃなかったっけ?」


「…その話はするな」


「案外可愛い娘だったらどうする?」


「興味ない。俺は自由に生きていたいんだ」


そうは言ったものの――


運命は突然訪れることになる。
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