千一夜物語
「黒縫ったら安心しきっちゃって…」


黎の腹に顎を乗せてぐうぐう寝ている黒縫の虎の身体を撫でてやった澪は、夜叉の仮面をつけた謎の男をじっと見つめた。

濡れたような黒髪なのは、それもまた強い妖の証。

傷の手当てをしたため上半身脱がせたその引き締まった身体に何度悲鳴を上げかけたことか。


「…お父様のしか見たことないんだから仕方ないよね」


強い妖ということは、顔もそこそこきれいなはずだ。

ごくりと喉を鳴らした澪は膝で立ってそっと手を伸ばした。


「何をしようとしているんだ?」


「きゃっ!起きてたの!?人が悪いのね」


ふう、とつらそうに息を吐いた男――黎に澪がずいっととあるものを差し出した。

それはかなり強い酒で、澪はにこっと笑って首を傾げて見せた。


「お父様の秘蔵のお酒よ。お酒でも飲めば少しは痛みが和らぐかなあって思って」


「それはありがたい」


酒瓶を受け取った黎は、少し仮面をずらしてらっぱ飲みした。

胸が焼けるような感覚がしたが、確かに名酒のようでのど越しが良く、一気に半分位飲んだ。


澪はそれをさらにじっと見て、なめらかな喉仏が大きく動くのを穴が空くほど見ていていつの間にか起きていた黒縫に笑われた。


『はしたないですよ』


「!み…見てただけじゃない」


「そろそろ俺の不在に仲間が気付く頃だ。傷の手当てを感謝する」


去ってしまう――

何故か焦った澪は黎の肩を押して寝かせると、酒瓶を取り上げて立ち上がり、腰に手をあててふんぞり返った。


「病人は動いちゃ駄目!あなたの仲間が来たら私からお話しますから、もうちょっと傷が癒えるまで居て。黒縫、あなたからも言ってやってよ」


『どうかせめてもう一晩滞在を。お願いいたします』


鵺の生態に興味がある黎が腕を組んで考え込むと、澪は黎と同じく命令し慣れた口調で黎をぴっと指した。


「いい?ここから出ちゃ駄目なんだから!」


「あ、おい…」


返事をする間もなく納戸から出て行った澪に茫然。


『ふふ、お転婆で申し訳ない』


「全くだな…」


だが、悪い気はしなかった。
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