千一夜物語
「大変!家の者が捜してる…!」


『澪様、あなたは戻って下さい。私はここでもうしばらく傷を癒します」


「うんお願いね、その人のこと見張ってて」


くるくる表情を変えて身を翻して納戸から出て行った澪を見送った黎は、気を張る必要がなくなって胸を押さえて呻いた。


『申し訳ありません…』


「いや、お前のせいじゃない。まさかこんな辺鄙な地に神羅が作った刀があるとは思っていなかった俺が悪いんだ」


『澪様が良くして下さいます。あの方は必要以上に親切でお優しいですから』


膝に顎を乗せたまま安心しきった様子で同じように痛みにうめき声を上げている鵺の蛇の尻尾を腕に巻き付けながら遊んでいた黎は、にやりと笑って再度問うた。


「本当にあれで成人しているのか?」


『ええ、澪様は脱ぐとすごいんですよ』


「ほう…それは俄然興味が湧いたな」


「いけませんよ、澪様には許嫁が居ますから」


――なんだかとてもがっかりした。

そんな自分に若干驚きつつ、黎は鼻を鳴らして自身の許嫁についても言及した。


「俺にも居るが会ったことはない。良家の娘だとしても祝言の日にはじめて会うこともあるだろう。お前は男を見たことがあるのか?」


『いえ…ありませんが、とても家柄の良いお方だと聞いています』


「ふうん、不細工でなければいいな、せっかく可愛い娘なのに」


『あなたもお会いしたことはないので?』


「ないな。今後も会うつもりはない。親が勝手に決めた許嫁など居ないのと同じだ。…喋りすぎた。少し寝る」


横になって目を閉じた黎の腹に顎を乗せた鵺も同じように目を閉じた。


あのひょうきんで愛らしい娘には幸せになってほしい――

例えばそう――

こんな包容力のありそうな男に貰われてくれれば、と思いながら微睡んだ。
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