ドッペル少年少女~生まれる前の物語~
「サン様がベルディン家のご長男様と結婚ですって!」

「エーベル様でしょう?私一度だけお目にかかっとことがあるけど、素敵な方だったわ!」

「いいわね、サン様はお幸せだわ!」

厨房の前を通りかかったサクは、使用人のはしゃいだ声に足を止めた。

(エーベル・ベルディン。ベルディン家の長男で、確か弟が一人いたっけ)

サンがお見合いに行く日、サクはベルディン家のことを調べていた。

(いや別に、ほら、妹の結婚相手のことを知るのは悪いことじゃないし)

誰に言い訳をしているのか、サク自身も分かっていない。

(……サン様は幸せ……か)

結婚の日取りが決まったら、サクは覚悟を決めねばならない。

(僕以外の男に、身も心も捧げるだろうね。君は見知らぬ相手と結婚することになっても、きっとその人を愛そうとするだろうから)

「でも聞いた?エーベル様って裏ではとんでもないことをやっているって噂もあるのよ」

「貴族には、何かしら後ろ暗いものはあるでしょ?ほら、家の旦那様だって―」

不意に聞こえた使用人の声を阻むように、サクは厨房から離れた。


「~♪」

中庭の花畑を通ると、懐かしい歌声が聞こえる。小さい頃、彼女が良く歌ってた曲。

その懐かしさに惹かれ、サクは歌声の方へと歩いていく。すると、白い花を編んでいるサンの姿があった。

サクはちょっとしたいたずら心で、足音をたてないよう慎重に歩いていく。

幸い歌と編むことに夢中なサンは、少しの音なら気が付かない。

ついに間近まで来ると、サクは手を伸ばした。

「きゃっ!!」

急に視界が暗くなったことに驚いたサンは、小さく悲鳴をあげた。

「だーれだ?」

「……サクね」

「当たり」

パッと手を離すとサンの前へと移動し、そのまま座る。

「何してるの?」

「花を編んでるのよ。昔よりも上手く作れそうな気がして」

懐かしいやり取り、懐かしい光景。まるでここだけ時間が戻ったようだとサクは思った。

「出来たわ」

サンはホッとしたように笑みを浮かべると、それをサクの頭へと被せる。

「じゃあ、僕からはこれをあげる」

サクは白い花を一本手折ると、茎を丸めて指輪にする。それをサンの右手の薬指にはめた。

(流石に、左手にははめられないからね)

左手の薬指は、彼女の夫となる人のために。

「……ありがとう。サク」

幸せだったあの頃と同じ光景。けれども、もうあの頃には戻れない。

それでも、この痛みがいつか和らぐことをサクは願った。
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