ドッペル少年少女~生まれる前の物語~
お見合い当日。サンはギュッとドレスの裾を握っていた。

サンの見合い相手の屋敷は、自分の育った屋敷よりも立派で、手入れが行き届いている。

あれからサクとは話していない。すれ違ってもどこかよそよそしいのだ。

(どうして?)

昔はサクのことなら良く分かった。自分達は対になる存在だから。

けれども今は、サンにサクの心は分からない。それが、サンには辛かった。

「サン様?」

「あ、はい」

使用人の一人に呼ばれ、見合い相手がいる部屋へと足を踏み入れた。

「初めまして、エーベル様。サン・リヴィンスと申します」

片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の膝を軽く曲げて、背筋は伸ばす。

「この度は、お招き頂き―」

「ああ、細かい挨拶はいい」

サンの前に座っていた男。エーベルは、サンの言葉を阻むように手で制した。

「え?」

「別に私はお前に興味はない。が、リヴィンス家がこの家と血縁関係になるのは悪い話じゃない。だから、私はお前を妻にしてやろう」

とても冷めた淡々とした声が、サンの心を刺していく。

「結婚は早い方がいいな。すぐに日取りを決める。お前は連絡を待て」

まるで使用人に命令しているようで、サンは体が震えそうになる。

エーベルは一切サンを見ず部屋を出ていき、サンも他の使用人のなすがままに部屋を出た。

帰りの馬車の中で、エーベルの声がよみがえる。

彼にとっては、自分など手駒の一つに過ぎないのだと、サンは少し会っただけで分かった。

(私には一切の興味はない。相手が誰であろうと、利用価値があればどうでもいい。そう言われた気がした……)

けれども、どこかで分かっていたのだ。自分が歩み寄ろうとしても、相手にその気がなければ頑張る意味がない。

(……私、あの人の妻となるために生まれてきたのかしら)

あまりにも素っ気なさ過ぎたせいか、サンはどこか諦めたように微笑んだ。

(もう決まったことだわ)

自分には選択しなどない。一番大切な人と生きられないなら、自分の役目を果たそうと誓ったのだ。

(でも、心までは差し上げなくてもいいでしょう?)

元々隠すのは上手かったのだ。彼の妻となってもサンはサクを想い続けよう。

(この心だけは、サクにあげる)

心をサクにだけ注げば、残るのは空っぽな自分だけ。けれども、エーベルはそれでも不満はないだろう。


「お見合いはいかがでした?」

「ええ。式の日取りが決まり次第、私はエーベル様と結婚します」
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