ドS上司の意外な一面
***

「ん? 朝?」

 リビングから正仁さんの歌ってる声が聞こえる。バンド・クロノスで歌ってた彼のお気に入り曲――相変わらずいい声してるな。

 うっとりしながら頭上にある時計に目をやった途端、一気に目が覚めてしまった。

「マズいっ、寝坊した!」

 残り時間は三十分しかない。慌ててベッドから起き上がり、急いで服を着てからリビングに顔を出した。

「正仁さん、ごめんなさい。寝坊しちゃって」

「おはようございます。早めに目が覚めたので、八朔にゴハンをあげました」

 私に背を向けて玄関でしゃがみこみ、靴を履いている後ろ姿。さすがどんなときでも、いつも通りの人だなぁ。

「おはようございます。昨日も話の途中で寝てしまって、ごめ――」

 ごめんなさいと言おうとしたのに、言葉が止まった。振り返った正仁さんが……

 ――正仁さんの髪型が!

「昨日かなり、くすぐったそうにしていたから、思いきってバッサリ自分で切りました」

「……」

「けん坊みたいに短髪にはできなかったんですが、今までで一番、短くしてみました」

「……」

 玄関に置かれたメガネをかけて、じっと私を見つめる。

「赤い顔して、見惚れすぎですよ」

「だ、だって……」

「自分で切ったから長さだってバラバラで、正直みっともないですから、今夜切り揃えてくれませんか?」

「……はい」

 逆にそのアンバランスな感じが、きっちり着こなしているスーツと相まって、すっごく素敵に見えます。

「仕事に遅れたら、裸にエプロンでお出迎えしてもらいますよ」

「そんなぁ」

「じゃ先に行ってきます」

 素早く私にキスして、颯爽と出発してしまった正仁さん。見惚れすぎって言ったって、どうしようもないよ。恰好良すぎなんだから。

「しまった、ドキドキしまくりで時間忘れてた」

 自分も身支度を整えつつ、急いで自宅を出た。

「じゃあ八朔、いいコでお留守番しててね」

 そして道なりを、猛ダッシュで駆け抜ける。

 裸にエプロンは絶対に勘弁してほしい。まったく正仁さんには、驚かせられっぱなしだな。いつまでこれが続くのやら。

 そんなことを考えながら、遅刻ギリギリで間に合ったのであった。

(後日談)社内での正仁さんの髪型の評価は大変よろしいみたいで、女子社員の何名か見惚れていたのを目撃。奥さんの私は、ハラハラしたのは言うまでもない。
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