龍使いの歌姫 ~卵の章~
「……」

「……」

少年とレインは睨み合ったまま動かない。

少しの間、時間が止まってしまったような感覚だが、レインの鼓動は忙しなくなり響いている。

背中には冷たい汗が伝っていて、足元から冷えていくようだ。

下手な動きをしたら殺される。レインは本能的にそう思った。

一体どれくらい時間が経ったのだろう?

一時間くらいは立っている気がするが、正確にはまだ二分経っているかどうかも怪しい。

だが、いつまでも睨み合いが続くわけがなく。とうとう終わりは来る。

「はっ!」

掛け声と共に、少年が先に踏み込んだ。

レインは咄嗟に横へと飛び退き、ティアを守るように背を丸める。

だが、そのせいで受け身が取れず、木に思い切り背中をぶつけた。

「いっ!……」

「素直に渡せばいいものを」

いつの間にか距離を詰めた少年が、槍をレインの喉元へと突き付けていた。

ほんの少しでも動こうものなら、この槍はレインの喉を貫くだろう。

「そうまでして、何故卵を欲しがる?……お前達人間は、食べることに困っている訳でもないのに、竜を食料にしている。ただの自己満足を満たすために、殺す必要のないものを殺している、愚かな生き物だ」

少年の言葉に、レインはどこか納得していた。

(確かに、どうして私達は、食べる必要のない存在を食べているんだろう?竜以外に食べれるものがない訳じゃないのに)

人間の勝手で、竜の命を摘み取る。

(………でも、貴方だって同じだよ!)

「貴方だって…………貴方だって!その愚かな人間でしょう?!自分は良くて、他の人は駄目なの?それっておかしいよ!」

少年は、間違いなくレインと同じ姿をしている。同じ人間だ。

「……お前達と僕は違う。ここを治めていたのは龍族だったのに、後から来た人間が、神にでもなったつもりで、龍を竜へと堕とした。僕は、龍を守る存在だ。お前達のように、自己満足で命を奪ったりしない!」

「なら、この槍をどけてよ!自己満足で殺さないんでしょう?」

レインは左手で、槍の刃を握り押し返す。

手の平が切れ、血が流れ落ちるが、歯を食いしばって痛みを耐えた。

「私は、ティアを……この子を守るの!貴方なんかに殺されない!」

姉が生きろと言った。ティアを守ると誓った。自分にした約束だ。ならば守らなければ。

(……ティア?)

何の事だと思いながらレインを見ると、レインは真っ直ぐ少年を見返している。

少年は迷ったように槍を震わせた。

自分よりも小さい、それも少女だというのに、押し返す力と、強い意思を宿した瞳は、ずっと大人のように思えた。

自分と同じ赤い髪、けれども炎を宿しているような赤い瞳。その二つに射ぬかれているように、少年は胸の奥が痛む。

まるで、これでは自分が悪者のようだ。
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