Piano~ピアノ~
Piano:叶side⑫
***

 気がつけばストーカー事件から早三ヶ月が経っていた。それなのに賢一くんと帰るのは当たり前になっている。ストーカーからは解放されているのに、彼と一緒にいるのが楽しくて甘えてしまっていた。

 史哉さんとはライブの夜以来、まったく会っていない。彼が海外出張や地方の店舗を渡り歩いているのと、私がエリアマネージャーに昇格して、ますます忙しくなったのもある。

 本店で会っても、挨拶だけの関係だった。

 寂しいや会いたいという気持ちを賢一くんが埋めてくれたお陰で、会えなくても平気でいられたのである。

 もしかしたらこのまま自然消滅してしまった方が、自分たちのためにもいいかもしれない――そう思っていた矢先に、聞きたくない情報が耳に入る。

 トイレで用を足し、鏡の前で化粧直しをしていたら女子社員二人が入って来た。

「中林マネージャー、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 きゃぴきゃぴした雰囲気の二人に、雰囲気だけで押されそうになる。若いなぁ……。

「中林マネージャーも、水戸部長に育ててもらったんですよね?」

「そうだけど」

「水戸部長って、かっこいいですよねぇ。若い男にはない渋さっていうか、大人っていうか」

「いい男は大抵、彼女持ちか奥さん持ちが鉄則なんだよねぇ。もう残念」

「私が新入社員のときも同じように、女子社員が騒いでいたわよ」

 にこやかに笑いながら話を合わせてみる。本当に史哉さんは人気者だな。

「しかも水戸部長の奥さんって、すごい美人だったし」

「え……。どこかで会ったの?」

 何とか平静を装い、にこやかに笑いながら訊ねてみた。

「昨日この通りのレストランで彼氏が私の誕生日に予約してくれたんですけど、偶然そこで会ったんです。仲睦ましそうに寄り添って、何か熱心にお喋りしてました。会話の邪魔になるかなって思いながら挨拶しに顔を出したら、奥様に『いつも主人がお世話になってます』って言われたんですよ。いえいえ、ものすごくお世話になってるのは私ですって答えたら、水戸部長に笑われちゃいました」

「そういえば水戸部長の奥さんって、同期入社した人だって聞いたことがある。美人だから熾烈な争いになって、その中で水戸部長が落としたとか……」

「出世しそうだからと見越して、ワザと落とさせたんじゃないの? 女って、したたかだからさぁ」

「でもうちらの同期で、出世しそうな男いないじゃん」

「見た目も正直ぱっとしないしね、最悪だわ」

 ふたりの会話に入らず、胸の痛みにじっと耐える。

 ――会社から近いこの通りのレストラン。史哉さんと私では絶対に入れない店。綾さんとふたりきりで行ったんだ……。

 仲睦ましいそうに寄り添って食事したんだ……よりを戻すのかな――

 ふと、そんなことが頭をよぎった。
< 23 / 58 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop