龍使いの歌姫 ~幼龍の章~
「始まったね」

「……」

卵は斜めに亀裂を刻んでいく。ビシビシと音をたてて。

だが、亀裂が入るだけで割れる気配がない。恐らく卵を割る力が弱いのだ。

グラグラと揺れている様子から、出ようともがいているのだろうが、どうやら上手くいかないらしい。

「っ!」

「駄目だよ」

心配になったのか、レインが卵へと手を伸ばそうとしたが、レオンはそれを制した。

自分の力で生まれてこなくてはいけないのだ。

「この子は自分の力で生まれなくちゃいけない。それが世の理(ことわり)だから」

「……」

心配そうにレオンを見ると、彼はいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべる。

「親になるので難しいのは、信じてジッと待つこと。手を貸してあげたくなる衝動を押さえて、自分で立ち上がれるようになるまで見守ること。レイン、君がこの子を守ると誓ったのなら、この子を信じてあげなさい」

最後は師匠らしい口調で諭す。すると、レインは頷いて卵を見つめる。

「頑張って……お願い、頑張って……」

自分には見守ることしか出来ない。

本当ならこの殻を割って、ティアを出してあげたい。けれども、それでは駄目だとレインも分かっている。

自分の殻は、自分で割らなくては。

長い、本当に長い時間、ティアはもがき続けた。

見守っているレインの額からも汗が流れ落ち、手のひらも汗で湿っている。

体も熱くなってきて、まるでティアと一緒にレインももがいているようだ。

(頑張って。ティア……ティア!!)

「ティア!!」

レインの言葉が届いたのかは分からない。しかし、レインの言葉と共に卵はバキッと音を立てて割れた。
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