独占欲強めの王太子殿下に、手懐けられました わたし、偽花嫁だったはずですが!
「ほら、この手袋……ここに手編みのレースがついているでしょう。これは、私が自分で編んだんです」
「いつも、手を動かしているが、無駄なことをしているわけじゃないんだな」
「当たり前です! 去年なんて、一年かけてショールも作ったんですから!」

 昨年作ったレースのショールは、現時点でフィリーネの一番の自信作だ。
 そうやって、時間をかけて作ったものだから大切な作品なのだ。そう説明をするフィリーネを、アーベルは珍しいものでも見ているような目で見ていた。

「ごめんなさい、興味なかったでしょう」
「いや、面白かった——いつか、工房も見てみたいな」
「それなら、私の国まで来てもらわないといけませんね。でも、アーベル様が見て楽しいものが他にあるかどうか」

 こうやって、手を繋いで歩いているだけで、なんとなく楽しい。この楽しさが危険だということを、フィリーネは理解していた。

「あ、お土産を買って帰らないと!」
「土産って誰にだ? 国に帰るまでにはまだ少し時間があるだろう」
「そうじゃなくて、パウルスとヘンリッカに。いつも買い物に出た時に寄ってもらうお店があって——どこにあるかわかります?」

 店の場所を説明すると、アーベルはすぐに分かったみたいだった。手を握りなおし、迷いのない足取りでそちらに進む。
 アーベルとは、なんでもないのだ。だから、つないだ手の温かさからは意図的に視線をそらした。

 ◇ ◇ ◇
 
 ——変なやつ。
 フィリーネと契約したのは、アーベルにとっては幸いだった。おかげで余計なことに煩わされることもなく、いたって快適だ。
 でも、ふと気が付くと、視界の隅に常にフィリーネを探している。落ち着かない。

 どこにいたってアーベルは、すぐにフィリーネがどこにいるのか気づいてしまうのだ。おかしい。

 特に目立つ美人というわけでもないし、背が高いとか、声が大きいとか——異様な存在感を発揮する理由があるのならともかく、フィリーネはいたって平凡な存在だ。
 けれど、アーベルに意識を向けないその姿勢が好ましく思える、というのも変な話だと思った。

(……たしかに、レースだけはいいんだが)
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