独占欲強めの王太子殿下に、手懐けられました わたし、偽花嫁だったはずですが!
 でも、この腕輪はさほど高価な品ではない。普段使いするものだから、国に帰ってからもずっとつけていられる。

(……この国での思い出にできる)

 それもアーベルにもらったというのなら、最高に幸せな記憶になるはずだ。
 フィリーネは、手首にはめた腕輪をくるくると回してみた。
 やっぱり可愛い。そんなフィリーネの様子を、アーベルがじっと見ていることはフィリーネは全然気が付いていなかった。
 
 街を歩き回り、アーベルの後ろに乗せられて城に戻った時には、フィリーネは疲れた反面気分は高揚していた。
 今日一日、アーベルと街を歩き回っていて、ちょっと恋人気分を味わえたからだと思う。普通の女の子達みたいに、店や屋台を冷やかして回り、買い食いをして。

 そんなささいなことは、自分の国にいた間もやっていたけれど、それがこんなにも幸せな気分になれることだなんて想像したこともなかった。

(……この国に来て、一番の思い出かもね)

 左手首にはめた腕輪に、何度も触れてみる。
 その反面、自分を戒めることも忘れなかった。

(必要以上を、望んではだめ——私は、私のやるべきことに集中しないと)
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 それから数日の間、フィリーネはアーベルと出かけるよりパウルスと一緒にいることを選択した。

 これから、レースをどのように納品していくか、本国にある在庫と作ることのできる数を相談して決めなければならない。

 それに、労働時間を増やしてレースの生産量を増やせばいいというものでもないのだ。もっとも、父である国王は、レース生産にかけていい時間を厳密に決めているため、増産することは難しい。だから今は、少しでも早く実現可能な最善策を講じることが重要だ。

 こんなとき頼りになるのは、やはりパウルスなのだ。ヘンリッカは、何かやらなければいけないことがあるらしく、用事があればよんでほしいといって部屋に引きこもってしまっている。

「——ねえ、パウルス。ちょっといい?」
「何?」

「ほら、クラインさんの店の横にかける札。どんなのがいいかなって——やっぱり、レースの模様を周囲に彫り込むべきだと思う?」

「それって、職人が大変だと思うけど。でも、そのくらいにした方が偽物を作るのが大変になるかな」
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