記憶のかけら
有馬に、朝がきた。


「おはようございます。」

目を見合わせて、朝の挨拶を交わす。



真由美は寝顔を見られたことを、

西宮は夢を思い出して、

お互い照れていた。



真由美は西宮の介助をしながら、

一緒に朝ごはんを食べていた。

右腕が使えない西宮と食べさせる真由美。

まるで側からは、新婚にしか見えない。



いつも以上に饒舌に、

笑顔溢れる態度で、

嬉しさを隠しきれず、

たわいない会話に照れて、

世話をしてもらうたびに、

どぎまぎする西宮。



真由美も、西宮の熱が下がり、

体力を回復していく姿をみるのは、

とても嬉しかった。

ここに来てよかったと思った。

あまり話す機会がなかった人が、

一生懸命話しかけてくれて、

仲良くなるのは喜びだった。



傷が塞がれば温泉にも入れる。

回復は加速していくに違いない。



仲睦じく語り合い、

有馬の里を二人そぞろ歩く姿は、

村人たちを誤解させるには十分だ。



剣術一筋の西宮の変化は、

誰の目にも明らかだった。



村人たちにとって、

西宮のぎこちなさは、

ほほえましくもあり、

もどかしくもあり、

有馬で今一番ホットな話題だった。



本人達を置いてきぼりに、

高速で噂が広まっていく。

噂は港町にも、もたらされていく。



それに引き換え、須磨の朝は、

不穏な雰囲気でスタートしていた。



秀継にまとわりつく、「あや」に

女子たちが眉を潜めていた。



兵庫の秀継さまはみんなの憧れの存在。

若いというだけで、親の後ろ楯を傘に、

いきなりやってきて、馴れ馴れしい!と

女子の反感を買っていた。



「あや」は特段、

外野を気にすることなく、

秀継さまの気を引こうと悪目立ちし、

余計火に油を注ぐ形になっていた。



秀継は、

長居は無用とばかりに、

兵庫へ戻ろうとしていた。

そこへ、

御坊親子は噂に響く港町兵庫の視察に、

行ってみたいと言う。



秀継に断る理由はなく、

須磨の者たちの顔を潰す訳にもいかず、

同行する事となった。



真由美と秀継は、

当人達の思いとは別に

立体交差のように

違う道を進み出したようだ。

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