艶恋婚~御曹司と政略結婚いたします~
シン、と静かな水面のような、熱の感じないものだった。
甘いキスに溺れていたのは、私だけ。
それは、私にひとつの事実を突きつける。


彼は、私が彼を好きになれるように努力しているに過ぎない。
それはつまり……今見えている彼が本当の葛城さんとは限らないということ。


どくん、と心臓がひとつ、音を立てた。


「藍さん? どうかした?」


不思議そうに首を傾げる彼に、一瞬私は笑うことが出来なかった。


私が彼を好きになったら。
彼は私を好きになってくれるだろうか。
私みたいな、特に美人でもない、ただ気の強い、頑固と処女を拗らせた可愛げに欠ける女のままで。


「なんでもないです。コーヒー淹れますね」


この時私は、初めて、笑うことで心を隠すことを覚えた。
ずきずきと疼く胸の痛みの意味も、わからないまま。

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