Jewels
時間だ。
気は進まないが、少女は口を開いた。


「兄様。」


兄と呼ばれた男は返事をしない。
変わらず硬質な音が響く。


「兄様、聞いてる?」

「あぁ」

「姉様と会う時間よ。」


男は石を彫っている。


「聞いてる?」

「あぁ」

「間に合わなくなるわよ。」


男は相変わらず石を彫っている。
少し大きな声で少女が繰り返す。


「兄様、本当に聞いていらっしゃるの?」

「あぁ」

「…………兄様の馬鹿。」


少女はふてくされた様子で眉をひそめる。
その少女の表情に、男は気付かない。
男は少女の問いかけに構わず石を彫っている。
少女は男を軽く叩く。


「うわ!」


男はびっくりして鎚とノミを取り落とす。


「危ないだろう!突然なんてことをするんだ。傷をつけるところだったぞ。」


『傷』とは自身のことではない、無論、石に対する傷のことを言っているのだ。
彼はそういう男だった。

少女は形の良い唇をとがらせて反論する。


「兄様が人の話を聞いていないからでしょう!」

「何か言ったか?」


憮然とした態度の男に、少女はため息をもらす。


「やっぱり何も聞いてらっしゃらなかったのね?呆れたものだわ、石細工をしているときは本当に何も周りが見えていないのね。何を言ってもお耳に入らないのでしょう?」

「聞こえなかったのはお前の声が小さかったからだろう。伝えたいことがあるのなら、聞こえるように大きな声で言え。」

「それでは僭越ながら言わせていただきますわ。」


少女は軽く咳払いをすると、部屋の壁を震わせるほどの大声で男に告げた。


「兄様、姉様との約束のお時間です!早急に支度なさいませ!!」
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