FF~フォルテシモ~
***

 午前中、営業部に用事があって廊下を歩いてたら、後方から声をかけられた。

「朝比奈先輩っ!」

 振り返ると今川部長の甥っ子、今川貴弘がそこにいた。自分の武器であるイケメンを全面に押し出して、喋ってくる感じがすっごく苦手だった。

「何か用?」

「ちょっと、確認したいことがあって」

 何となく色素の薄い茶色い目を細めながら、私をじっと見る。

(この眼差し、マットに似てるトコあるかも――何かドギマギしちゃう)

「会長から、何か聞いてませんか?」

「何の話?」

「だから会長から、社内の男連中との見合い話を聞いてないですか?」

「聞いたような、聞いてないような」

 その話なら、山田で話を進めた。アイツなら、何とかやり過ごしてくれるだろうと思ったから。なのに今川くんは自分をアピールするように、ニッコリと微笑む。

「専務が俺を推薦してくれたみたいなんですよ。ふたりが並ぶと、とても似合いのカップルだねって」

「そうかしら」

 マットとは、兄妹にしか見えないのが悔しい。

「朝比奈先輩は、俺のことが苦手でしょ?」

 覗き込むようにして、わざわざ私の顔を見る。

(だからマット似の眼差しやめてほしい。無駄にドキドキするんだから)

 思わず顎を引いて、距離をとった。

「山田先輩が企画した合コンだって俺が話かけたのに、さっさと隣にいる外川先輩とくっちゃべるし。知ってましたか? 俺ら客寄せパンダだったって。上手く山田先輩に利用されたんですよ」

「合コンが盛り上がれば、それでいいじゃない」

 マット似の眼差しから逃れるべく、ぷいっとそっぽを向いた。男のクセによく喋る、自分を良くみせようと必死だな。

「朝比奈先輩は年下はキライですか? それとも影でコソコソと人の話を盗み聞きする、おっちゃんが好みやろか?」

 突然の関西弁に驚いた。顔と関西弁が、ちぐはぐな感じがする。

「今川くんって、関西人だったんだ。全然気がつかなかった」

「前付き合ってた彼女が、訛りがイヤやって言うから直したんですけど、朝比奈先輩はどっちがええですか?」

(ああ何か分かる。ちぐはぐな感じが嫌だから、前カノは今川くんを標準語にさせたのね)

 今川くんが壁際から、突然マットを引きずり出した。

「今川部長!?」

 ――何で、こんな所にいるの?

「おっちゃんも人が悪いなぁ。それとも甥っ子の恋愛の行方が、どうしても気になったんやろか?」

「そんなところで朝比奈さんに絡む暇があるなら、ちゃんと仕事をしたらどうだ」

「自分の推薦した部署の男と付き合わせようとして企んどるから、盗み聞きしとったんやろ?」

「そんなことはありません」

 ふたりの言い争いに、正直うんざりした。醜いったらありゃしない。

「今川部長もこんなとこで油売ってないで、さっさと仕事したらどうです」

 マットを軽く睨んでやった。私の一睨みに、うっと口をつぐむ。

 今川くんが言葉に詰まるマットをニヤリと口元に嫌な笑みを浮かべてから、私の肩に腕を回した。

「朝比奈先輩は、営業部に用事があるんでしたよね。一緒に行きましょう」

 逃げるように、この場から連れ去ってくれた。だけど肩に回された手を、思い切り振り払わせてもらう。 

「馴れなれしく、体に触らないで」

 触っていいのは、マットだけなんだから。

「朝比奈先輩が魅力的だから、しょうがないですよ」

 今度は腰に手を回してくる。

「わっ! いい加減にしなさいよっ」

「俺よりも山田先輩の方が好み?」

 ニュッと顔を近づけて聞いてくる茶色い瞳が、私の動きを止めた。

「照れてる顔、すっごく可愛いです」

「先輩をからかうのも、いい加減に」

「それとも、おっちゃんと何かあった?」

(こういう時って、どうすればいいの。マットは何だか、隠したがってるみたいだし)

「おっちゃんが登場してから、朝比奈先輩の態度が明らかに変わりましたよ」

「えっと、あのぅ」

 ――あなどれない今川貴弘。どうしたもんかな。

 困っていると、聞き慣れた男性の声がする。

「今川くんってそんなところで女性を口説く、大胆な男だったんだね」

 腰に回されていた力が、ふっと緩められる。

 胸を撫で下ろして声のした方に視線を向けたら、山田くんが部署の入口から顔を出していた。

「ねぇ、今川部長知らない?」

 私にわざわざ訊ねてくる山田くん。

「向こう側の角にいるのを、さっき見かけたけど」

「じゃあ案内してくれない? 急がなきゃならないことがあって」

 そう言って私の腕を強引に掴み、今川くんから奪取してくれた。そのまま今川くんをスルーして、引っ張るように歩く山田くんについて行く。

「何やってんだよ、朝比奈さんらしくない。心に響く、口説かれ方でもされてたの?」

 掴んでた手を放して、呆れたように私を見つめる。その視線が痛いこと、この上ない。

「何となく苦手なんだよね、助かったわ」

「俺も個人的に苦手な人物だから、分からなくはないけどさ、あんなところで抱き合ってたら、変な噂が立つよ」
 
 私は頭をポリポリ掻きながら、溜め息をついた。

「気を付ける。じゃあね」

 私が山田くんとすれ違って歩いてたら、後方でポツリと呟く声。

「今川部長、ホントにどこに行っちゃったんだろ」

 私がマットを睨んだから、どこかで隠れて泣いてるかも。でもマットが悪い。だって必要のない、見合い相手の提供の手伝いをしたんだから。
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