いちばん近くて遠い人
 大ブーイングの中、加賀さんは落ち着き払って意見した。

「そうか?魔女なんだろ?
 手合わせする命知らずがいるかよ。」

「分かる〜。嫌だよね。魔女なんて。」

「本当。さすが加賀さん。」

 最後は何故か加賀さんを称賛して噂話をしていた数名は去って行く。

 嵐が過ぎるまで。と、壁にもたれて目を閉じた。

 そこへやってくる足音に目を開ける。

 私と並んで同じように壁にもたれた加賀さんが至って真面目に素朴な疑問を口にするみたいに言った。

「黙ってて枕営業ってどうやるんだ?」

「ッ。知りません!」

 加賀さんは自然な素振りで髪をかきあげた。
 その仕草がやけに様になるから視界に入れないように目を背けた。

 背ける時に見えたスーツの隙間から覗く腕時計は細かい傷がたくさんあって意外だった。
 次々に新しい物を身につけそうなイメージだったから。

 しかもハイブランドとはかけ離れているロゴが見えて、ますます意外だ。

 本人はまだ言いたいことがあるのか、ここから離れていかない。

「南って美人かもしれないが………。」

 何を、言う気だろうか。

 考えている素ぶりをしていた加賀さんが呟くように言った。

「喋らないんだっけか。」

「………ご冗談を。」

「おっ。三段落ち。」

「落ちてません。」

 フッと笑った加賀さんに頭をグリグリされて「行くぞ」と声をかけられた。

 加賀さんが歩き出し、少し離れて歩くと「おい。この資料を見てくれ」と呼ばれ隣まで駆け寄った。

 この人はなんなんだろう。

 とにかく。
 居心地がいいなんて思ってはいけない。

 加賀さんの隣を歩くことを。








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