いちばん近くて遠い人
 まだ一件あるという加賀さんは先に出て行った。

 私は2人に連れられて居酒屋へ向かった。



「予約した野々村です。」

 通された座敷では、みんなが言っていた意味が一瞬で理解出来る武蔵さんらしき人が座っていた。

 その人が気付いて顔を上げた。

「おー!先にやってるぞ。」

「武蔵さん!
 先にって今日の主役は南さんなのよ?」

 注意する美智さんに「いや〜すまん」と一応は謝る武蔵さん。

 なんだかとても賑やかで遠い世界。

「ほら。南さん。この人が武蔵さん。」

 ぼんやりしている私に美智さんが紹介した。

「植田武蔵っていうんだ。よろしく。
 雅也とは昔からの知り合いっていうか腐れ縁かな。」

 雅也………。加賀雅也。
 加賀さんのことだ。

「さっ。南さんは何、飲む?
 みんな適当だから気遣わないで。」

 美智さんはどうやら世話焼きなタイプみたいで、注文を取りまとめて頼んでくれた。
 

「あー。
 やっと新しい子が来てくれて私は嬉しいよ。」

 美智さんはビールを喉に流し込んで言った。

 それに隼人さんも賛同する。

「本当だよね。
 加賀さん人の好き嫌い激しいから。」

 驚くような意見に思わず聞き返した。

「嘘。加賀さんが?」

「どうでもいいところではなんでもないんだけど、仕事はあぁ見えて真剣だから。
 使えないと一瞬でも思えば切り捨てちゃうんだよ。」

 隼人さんにあぁ見えてと言われる加賀さんもどうかと思うけど。

 切り捨てるだなんて。
 そんな風には見えなかったのになぁ。

 美智さんはビールを手放さずに心底安心したように言葉をこぼす。

「でも南さんが『南』って呼ばれてて安心した〜。」

 武蔵さんまでもがそれに同意した。

「そうだな。
『南さん』じゃなくて『南』だしな。」

「え?何かあるんですか?」

 呼び方については私も疑問に思ったところがあったから理由を知りたかった。

「他人行儀であればあるほど信頼していないって感じかな。
 私、野々村さん時代長かったのよー。今はミッチーだけどね。」

 美智さんでさえ……。

 どこでどう『南』呼びが決定したのか、知りたいような知りたくないような。

 ジョッキを傾ける美智さんの後ろの引き戸が開いて、その加賀さんが現れた。







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