いちばん近くて遠い人
「マンション分譲は前の酒井様のように完成した部屋に行くことは珍しい。
 どちらかと言えばここみたいに工事中……なんなら更地の時から決めるお客様も多い。」

 更地なんてイメージ出来るのだろうか。
 自分がそこで寝起きして生活をするところを。

「南は靴、ヒールは高くなさそうだが、長い時間歩けるか?」

「え?……えぇ。」

 更地や工事中と何か関係でも?

 当の加賀さんは仕事とは関係ない話を口にした。

「せっかくだからプライベートでは高いヒールを履けよ。」

「………。」

「なんだ。変なこと言ったか?」

 私もどちらかと言えば背の高い方で、ヒールなんて履いたりしたら悲惨な事態になる。
 加賀さんはそりゃ気にしなくていいんでしょうけどね。

「可愛げのない女がデカイと救いようが無いので。」

「可愛げねぇ。」

 不意に伸ばされた加賀さんの手が頬に触れた。
 何事かと一瞬、肩を縮こませたけれど、動じるものかと頑なに加賀さんを見上げた。

 伏せられた長いまつ毛は時折、瞬いてこちらを見つめている。

 頬に優しく触れていた手が耳に触れて肩を揺らした。

 これがこの人の手口なの?

 触られた耳を意識してしまう。
 赤くなんてなるものか……。

「痛っ。」

 耳を上に引っ張られて声を上げた。

「何するんですか。」

 やっと解放された耳を押さえて抗議する。

「ん?便秘のツボ。」

「!!!余計なお世話です!」

「ハハッ。俺が便所。」

 その辺のカフェにでも入ってろ。
 そう言い残して加賀さんはどこかへ歩いて行った。

 トイレくらいカフェにあるんじゃないのかな。

 時間差で赤くなった頬と耳を押さえた。

 見られずに済んで助かったからいいんだけど。
 本当、なんなのよ。

 

 南と別れて角を曲がったところで髪をかき上げた。

 そして舌打ちをする。

「まずった………。クソッ。」

 手に残った感触を拭い取るようにスーツに強くこすりつけた。

 それから胸ポケットの携帯を出して耳に当てる。

 電話口からは甘ったるい声がした。

『なぁに?珍しい。
 まーくんが平日の昼間に掛けてくるなんて。』

「今晩やれる?」

『もぉ。言い方〜!……いいよぉ。』

 電話を切って、ため息と共に呟いた。

「どこが可愛げないって?」

 もう一度、かきあげた髪を苛立つように掻きむしった。








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