いちばん近くて遠い人
24.忘れさせて
 加賀さんのキスに抗えなかった。

 数歩行けば人が行き交う喧騒が遥か遠くにあるような気がした。

 何度か重ね合わせた唇が離れると頭に手を添えられて加賀さんの胸の中におさまった。

「南……。」

「……はい。」

 加賀さんの胸に顔を押し当てて、くぐもった声を出す。

 本当にこのまま、そうなってしまうの?
 そして……何事もなかったように過ごすの?

 加賀さんにしてみれば、たくさんの寝かせてくれない女が1人増える程度のことなのに。

 私の思いなど知らない加賀さんは私を抱き締めたまま思わぬことを口にした。

「俺は南の気持ちに応えてもいいのか。」

「え…………。」

 え?何?今の……何?

「ろくでなしだぞ。分かってるのか。」

 肩をつかみ私の目を見て怒ったように言う加賀さんの言わんとすることが徐々に理解出来て、知らぬ間に涙が頬を伝っていた。

 言葉に詰まりながら「はい。分かってます」と頷いた。

 気持ちに……応えてくれる。
 それだけでもう十分だ。

「泣くのはズルイだろ。」

「だって………。」

 すっかり声色が優しくなった加賀さんは私の横髪を耳にかけ、頬を流れる涙をそっと拭った。

「………キスしていい?
 南とキスするとタバコのこと忘れられる。」

 タバコって……吸わないんじゃ。

 そんな疑問は甘い吐息に絡め取られて考えられなくなった。









< 84 / 129 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop