王子様と野獣

家族経営の会社の社長子息を投げ飛ばしてやめさせられたんだからさ、退職金だってほとんどもらえなかったんだよ。


「いろんな経験したいんだよ。新卒じゃないんだから、派遣で探したほうが手っ取り早いでしょ。それに、ちゃんと勤められれば社員昇格だってあるんだから」


それは、そうなればいいなって思うだけで、嘘だけど。
だが、母を納得させることはできたようだ。電話の向こうの声が少しばかり穏やかになった。


『分かった。……だったらいいんだけど。百花、無理だったら帰ってこればいいんだからね?』

「いいって。私のことは気にしないで。千利の学費だってかかるし、万里(ばんり)も高校入学したばっかりじゃん。これから十和(とわ)にだってお金かかるんだから」


我が家は、今どき珍しい四兄弟。長女の私、二十歳の弟の千利、十五歳の弟の万里と十三歳の妹、十和。
料理人のお父さんのお給料だけじゃ全然やっていけないくて、お母さんも十和が小学校に入ってから職場復帰して働いてる。
ようやく私が就職して、ふたりの肩の荷を少しだけ下ろせたっていうのに心配かけるわけにいかないよ。


『でも、モモ』

「新しい仕事、楽しみだよ。ガッツリ稼いだら、ふたりに旅行をプレゼントしてあげる。楽しみにしてて」

『モモってば』

「じゃあね。忙しいから」


勢いよく電話を切ったものの、途端に脱力してため息をひとつ吐き出した。

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