王子様と野獣
「よくないわよ。ここ、職場よ。暴力をふるうなんてあり得ない。信じられないわ」
「でも、阿賀野さんが先に仲道さんの肩を抱いてきたんですよー。ちょっとセクハラはいってましたよ。あれはあれで暴力ですよねぇ」
穏やかながら正論を言い返す遠山さんに、美麗さんはぐっと詰まった様子だったけど、気を取り直したように私に言った。
「たしかに阿賀野さんは女性に対してスキンシップが過ぎるところはありますが、いきなり投げ飛ばすなんて獣のすることよ。あなた人間なんでしょう。ちゃんと言葉を操ってちょうだい」
言ってることはあさぎくんと一緒なんだけど、なんだか美麗さんに言われると馬鹿にされているように感じてしまう。
まあ今回に関しては私が悪いから反論する気はないんだけど。
「すみません。でも私、昔から野獣があだ名なんですよね」
ぼんやりと思ったことをつぶやいたら、美麗さんは顔を真っ赤にしてバンともう一度机をたたいた。
「あだ名が野獣だからと言って許される話じゃありません! うちでは人間しか雇いませんからね!」
若干ピントの外れた怒り方で、美麗さんは再びフロアを出ていく。
すると再び島の向こうから、今度は遠慮のない笑いが聞こえてきた。
「ははっ、ウケる。仲道さん、本当に阿賀野を投げ飛ばしたの?」
立ち上がって、こっちに近寄ってくるのは瀬川さんだ。
挨拶のときはそっけなかったけど、この人意外と笑い上戸なのかしら。